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無効行為の追認の可否

無効行為の追認の可否

無効という言葉は、一般的にもよく使われている。しかし、法律で使われる無効は玉虫色のとても厄介な意味合いを有する。理論的には無を意味するが、貫徹することによる不利益を回避するため、無から有を生み出す無理な理屈が随所に出てくる。法律学が大人の学問たる由縁である。

許容できる範囲内では、結果オーライで解釈するのが民事法の良いところ?なのかもしれない。

ただ、だからといって、原理・原則を蔑ろにしてよいという理屈にはならない。理論は理論としてきちんと整理する必要がある。

以下、無効行為を追認すると有効になるのか、という矛盾する内容に挑む学説と判例を整理する。

 

1.論点の整理

 

 無効行為の追認とは,119条本文が「無効な行為は,追認によっても,その効力を生じない。」と明確に規定していることから,原則的には認められない。
 かかる明文があるにもかかわらずその追認の可否が学説上論じられている意義は,法の趣旨からすると追認を認めてもよいのではないか,という実質的価値判断が背後にある。無効であることを知ってした追認は新たな法律行為とみなされることになるのだが(119条但書),追認を解釈上認める意義は遡及的追認を認めて法律関係の簡明化を図る点にある。
 そもそも,取消し得る行為は取り消すまでは有効なのだから追認可能で(122条),無効行為はそもそも何の効力も生じないのだから追認不可能というのは言葉の問題にすぎず,現行民法の規定の仕方については立法論として批判が強いところである。
 以下,学説の理解を示しつつ,法解釈としていずれが妥当かを念頭において論じる。

 

2.無効の意義

 

 民法は私的自治が原則である。そこから誰とどのような契約を締結するかは自由という契約自由の原則が導かれる。そうであるならば,どのような契約を結んだとしてもそれは契約として有効であり,法の助力を得られるのが原則といえる。
 しかし,法は社会秩序維持のための規範であるから,秩序を乱す行為に法が助力することは背理である。したがって,契約自由の原則にも法の助力を得られないという限界があり,これを無効と呼ぶのである。

 

3.無効の分類

 

(1) 公益的無効

 

① 公序良俗違反(90条)

 

 秩序を乱す行為を包括的に禁止する規定である。例えば,殺人契約,妾契約,カルテル,トラストなどの禁止効果を得るため,これらの契約は無効とされる。     

 

② 強行法規違反(91条)

 

 契約法の規定は原則的に任意規定であるが,社会規範としての機能を持たせた規定は強行法規と呼ばれ,抵触する契約は無効となる。契約自由の原則は当事者間の話であり,第三者に影響を与える契約に限界があるのは当然といえよう。物権法,家族法の規定が代表例に挙げられる。

 

③ 効果

 

 絶対的無効である。実質的価値判断としても追認を認めるべきではないので,学説上追認の可否は争われていない。
 ただし,最判平成9年11月11日 民集第51巻10号4077頁では、無効の主張が信義則(1条2項)に反して許されない場合がある可能性を示唆している。これによれば結果的に追認を認めるのと同じ効果,すなわち絶対的無効を貫かない結論を認めることになる。

 

最判平成9年11月11日民集第51巻10号4077頁》

 賭博債権の譲渡を異議なく承諾した債務者が右債権の譲受人に対して賭博契約の公序良俗違反による無効を主張することの可否が問題となった事案に対して、最高裁は、「賭博の勝ち負けによって生じた債権が譲渡された場合においては、右債権の債務者が異議をとどめずに右債権譲渡を承諾したときであっても、債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り、債務者は、右債権の譲受人に対して右債権の発生に係る契約の公序良俗違反による無効を主張してその履行を拒むことができる」と判示した。

 

(2) 私益的無効(無益的無効≒意思の欠缺)

 

① 心裡留保(93条)

 

 内心的効果意思がないのにもかかわらず,それを知りつつなす意思表示のことを心裡留保という。

 

② 通謀虚偽表示(94条)

 

 相手方と通じて行った真意でない意思表示のことを通謀虚偽表示という。

 

③ 錯誤(95条)

 

 内心的効果意思と表示の不一致を本人が知らない場合を錯誤という。

 

④ 効果

 条文上は「無効」と明記されている。
 伝統的理解としては,心裡留保,通謀虚偽表示,錯誤は意思の欠缺を根拠として無効とされたと説明される。民法の大原則である私的自治は,意思に基づくからこそ正当化されるので,意思を欠けば私的自治は形骸化するとの考えが根底にあると思われる。

 ここでの意思の欠缺とは,意思表示の各段階のうち効果意思を欠くことを意味する。

 心裡留保,通謀虚偽表示,錯誤は効果意思を欠くから意思表示があるとはいえず,法律効果を生じない,すなわち無効であると解するのが伝統的理解である。

 たしかに,心裡留保と通謀虚偽表示に関しては,表意者は自ら真意でないことを知りつつ表示行為をしているので表意者を保護すべき要請もなく,契約の有効を前提とする相手方ないし第三者の保護は条文で図られているので(93条但書,94条2項),無効と解することに通常不都合は生じない。すなわち追認を認めるべき実質的価値判断は働かないといえる(ただし心裡留保の相手方に過失がある場合は追認を認めるべき状況が生じ得る)。

 しかし,錯誤に関しては,表意者は知らずに真意と異なる表示行為をなしてしまっているので,意思欠缺理論だけではなく表意者保護の視点が必要とされることとなる。この点については条文上も錯誤に関しては第三者保護規定がなく,表意者の重過失という表意者側の事情での無効主張の制限が規定されている(95条但書)ところに表れているといえる。すなわち錯誤における無効の意味は表意者保護の要請も加味しているといえ,かつ相手方や第三者は有効を前提としているはずなのだから,表意者が追認するなら追認を認めてもよいのではないか,という価値判断が生じることとなるのである。

 そこで,本書の主題である無効行為の追認の可否が問題となるのである。


4.学説

 

 無効行為の追認の可否は95条の「無効」の解釈と関連して学説上争われている。以下,代表的なものをあげておく。

 

(1) 絶対的無効説(熊谷説)

 

 公序良俗無効等と同じく,無効は無効で119条により追認はできないとする。
 しかし,理論的一貫性はあるのだが,先述のように錯誤は表意者保護のための規定でもあり,かつ相手方や第三者は有効を前提とする者であるのだから,このように理論的一貫性を貫いて追認を認めないとして誰が利益を受けるのかは,やはり疑問である。

 

(2) 相対的無効説(通説)

 

 錯誤無効は表意者保護のための無効であるのだから,表意者が無効を主張できればよいのであり,表意者が無効を主張しなければ有効として扱うとする。表意者が無効を主張しなければ実質的に追認と同様の効果を生じるものといえる。
 判例はこの立場であると解されている。ただし,表意者保護の要請よりも優先すべき事情がある場合には,判例もこの様な結論を貫いていない。

 

5.判例

 

(1) 最判昭和45年03月26日 民集第24巻3号151頁(以下,45年判決と略す。)

 

 要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することが許されるか否かが争点となった事案に対して、最高裁は、「第三者が表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者がその意思表示の要素に関し錯誤のあることを認めているときは、表意者みずからは該意思表示の無効を主張する意思がなくても、右第三者は、右意思表示の無効を主張して、その結果生ずる表意者の債権を代位行使することが許される」と判示した。

 

(2) 45年判決の考察

 

 45年判決では,第三者が主張することが原則として許されない相対的無効とはどういう意味なのかが明らかでない。相対的無効をいかに解するか学説はさらに対立する。

 

① 取消的無効説(注民(4)217頁〔奥田〕)

 

 表意者が無効を主張するまでは有効で,無効を主張すれば絶対的無効と解する見解である。これは実体法の中に形成権(権利者の一方的意思表示によって法律関係の変動を生じさせる権利)という概念が認められることを前提に主張される立場である。
 しかし,無効を主張するまでは有効で,無効を主張すれば絶対的に無効になるということを実体法上では取消というのではなかったのか疑問が残る。 

 

② 無効主張制限説(林幸司説)

 

 訴訟法的視点から無効は無効であるが,法的効果の実現過程である民事訴訟においては弁論主義(第一テーゼ 当事者の主張しない事実は判決の基礎とすることができない…私的自治から導かれる民事訴訟法上の大原則)が妥当することから,無効を訴訟法上主張した表意者のみ,既判力により無効の効果を享受できると解する立場である。
 しかし,現実に即した理解であるとはいえるが,実体法上の解釈に答えを出していない。また,いずれと解しても,このような相対的無効説に対しては,表意者の無効主張の期間制限について明らかでなく,期間制限に服さないとすると法的安定性を著しく害することになるとの批判がなされている。

 

③ 追認を許す絶対的無効説(川井説)

 

 民法119条を制限するという方法論を採用する。すなわち,無効には絶対的無効とか相対的無効という分類はなくあくまで無効は絶対的無効であるとする。ただし,それが未確定か確定的かの差があるにすぎず,実質的価値判断から追認を認めるべき場合は追認可能な未確定的無効と解するべきとする。未確定的無効の場合には119条の適用を制限すると解し,無効な行為に効力を与える無権代理の追認規定(116条)を類推適用して,追認を認めるのである。

 

④ 取消説(平野説)

 

 動機に錯誤がある場合,意思表示のプロセスからすると意思表示にはなんら欠けるところはないにもかかわらず,通説,判例では,動機が表示され意思表示の内容となった場合には動機の錯誤も要素の錯誤となり錯誤無効の主張が認められるとされていることから(大審院大正03年12月15日 百選第五版Ⅰ17解説参照),錯誤無効の根拠である意思欠缺理論は失われたとして,もはや取消と解すべきとするものである。とすれば122条により追認することを認めることとなるのであろう。

 しかし,これは解釈論を超えるものと思われる。

 

6.他人の権利の処分と追認について

 

(1) 問題の所在 

 

 無権利者が他人の権利を処分した場合には,処分者に処分権がない以上当然にその処分は無効となる。そこでこのような他人の権利の処分があった場合にその他人の追認が認められるか問題となる。
 ただしここでは「無効」の解釈に争いはなく,無効行為の追認を認めない119条が適用されるか,追認を認めるべきとしても無権代理の追認を認める116条の類推適用を認めるかが争われている。

 

(2) ここでの「無効」の意味

 

 他人の権利の処分としては,他人の権利を自分の権利として処分する場合と,他人の代理人と偽って処分する場合がある。両者とも権利者には効果帰属しないが契約自体が無効となるものではなく(560条以下,113条以下参照),これは債権的には(当事者間においては)有効と表現される。

 そうであるならば,権利者が効果の帰属を望めばこれを否定すべき理由はないので,追認を認めるべきとの価値判断が働くこととなる。

 

(3)学説・判例

 

① 119条説

 

 無効という文言を貫徹し119条の適用により追認は認められないとする。
 しかし,結果の妥当性をはかれない本説を支持するものは皆無といえよう。

 

② 財産管理権追完説(於保説,四宮説)

 

 無権利者による処分行為の無効とは本人に効果帰属しないという意味であるから,財産管理権が事後的に補充されれば無権利者による処分行為も事後的に完全な効力を生じる(追完)とする。

 

③ 116条類推適用説(通説)

 

 財産管理権の追完という迂遠な概念を用いなくとも,端的に代理権という管理処分権を欠く処分行為の無効の追認を認める無権代理に関する116条を類推適用して追認を認める。すなわち,他人の権利の処分行為と無権代理行為は,管理処分権(代理権)がないのに他人の権利を処分するもので他人に効果帰属しないという意味で無効であるという点で共通し,代理人として処分したか(顕名があったか),自分の権利として処分したかの違いしかないのだから類推適用の基礎があると考えるのである。

 

④ 最判昭和37年08月10日 民集 第16巻8号1700頁

 

 Xは,昭和三〇年六月頃に至り,その長男AがX所有の不動産につき,無断で所有権移転登記の手続および抵当権の設定をしている事実を知ったが,その後遅くとも同年一二月中,Yに対し,右抵当権は当初から有効に存続するものとすることを承認し,Aのなした本件抵当権の設定を追認したことを認めたという事案に対して、最高裁は以下のように判示した。

 「或る物件につき,なんら権利を有しない者が,これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは,無権代理行為の追認に関する民法116条の類推適用により,処分の時に遡つて効力を生ずるものと解するのを相当とする(大審院昭和一〇年(オ)第六三七号同年九月一〇日云渡判決,民集一四巻一七一七頁参照)。」

 

以上。

 

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