田中嵩二の宅建士&賃貸管理士試験ブログ

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意思能力と行為能力の関係

意思能力と行為能力の関係

 

民法は近代革命から生まれた自由の思想に基づく一般法です。なかなか難しい表現ですが、誤解を畏れず言えば、自らの人生を自らの意思と選択で自由に決定できることをバックアップするための下支え的な法律です。

したがって、その前提として、自由な意思が存在することが必須の要件となり、それが無い以上は法的な効果が生じない、つまり、無効となります。意思理論と呼ばれる理屈です。

これとは全く別の視点から、自由な意思が持てない弱者、つまり未成年者や精神的な弱者等を、自由・資本主義・自己責任といった苛酷な取引社会と法的な効果から保護しようとして作られた制度が行為能力という理屈です。

意思理論と行為能力制度は次元の異なる制度ではあるが、適用場面が重なることも多く、しっかりと整理する必要があります。

以下、学説・判例を整理する。

 

1.論点の整理

 

  まずは,意思能力制度,行為能力制度についてそれぞれ述べることによってその異同を明らかにする。その上で,両制度の関係,さらにはいわゆる「二重効」の問題について検討する。

 

2.意思能力

 

(1) 私的自治の原則とその前提条件

 

 近代法の支配するわれわれの社会では,各人は契約などによって自ら法律関係を形成していく自由がある反面,自分の自由な意思で形成した法律関係によって拘束される。このような考え方を私的自治の原則と呼ぶ。しかし,自分の意思に基づく行為に拘束されるという原則が妥当するには,その行為が自己の正常な意思決定に基づいていることが必要とされる。換言すれば,正常でない意思決定によってなされた行為は,行為者を拘束しない。正常でない意思決定には,大別して2種類のものがある。第1は,行為者に自己の行為の意味を判断するだけの能力が欠けている場合である。第2は,意思決定をする際に他から騙されたり,強制を受けたり,あるいは,自分で誤解したために自由な意思決定が歪められた場合である。前者がここで取り上げる意思能力・行為能力の問題である。

 

(2) 意思能力の定義

 

 意思能力とは,自己の行為の法的な効果を認識・判断することができる能力をいう。例えば,買主として売買契約を締結すると,買った物の所有権を取得し,その代わりに代金を支払う義務が生じることを認識することができる能力である。行為の種類・内容によっても異なるが,おおよそ7歳から10歳の子供の判断能力であると考えられている。

 

(3) 意思能力がない者がした行為の効果

 

 このような意思能力がない者がした行為を法的に有効として扱うことは適当でないので,法律に明文の規定はないが,これを無効とするのが判例(大判明治38年5月11日民録11巻706頁)・通説である。

 ここで,この無効の意味については,次のように考えられる。すなわち,「意思無能力者の行為を法的に「無」であるとしても,いつまでも,誰からでも主張でき,援用の有無を問わず,ときの流れによっても治癒されず,追認によっても有効となりえないような絶対的無効とすることは法律関係をいたずらに不安定にし,意思無能力者の財産関係に対する第三者からの不当な介入をまねくおそれがある。無効とすることが,基本的に無能力者保護を目的とするのであれば,必要な範囲で無能力者の側から無効主張のみ認めれば足りる(片面的無効)。また,自らの精神的な能力の欠陥を明らかにして行為の無効を主張するかどうかは本人のプライバシーにかかわる問題でもある。従って,ここでは,錯誤無効について語られると同様,表意者の私益保護の見地から無効として,表意者側からのみ主張しうるものとし,その内容も取消しに接近させること(相対的無効)が適切である」(河上正二・民法判例百選1第5版『意思能力なき者の行為』)。

 なお,意思能力に似たものに責任能力という概念がある。それは不法行為に基づく損害賠償責任を負わせるための前提で,自分の行為が不法な加害として,何らかの法的責任を生ずることを理解できる能力で,意思能力より多少高く,だいたい12・3歳の子供には認められる。

 

《参考文献》
○四宮・能見『民法総則』28頁以下参照
内田貴民法1』99頁以下参照

 

3.行為能力

 

(1) 制度の必要性

 

 自分の行為の効果を認識できる能力が意思能力であるとすると,意思能力の有無を基準に,意思能力者の行為は法的に有効とし,意思無能力者の行為は無効とすることで十分のようにも思える。しかし,意思能力制度だけで対処するには次のような問題がある。

 第1に,意思無能力者が自分の行為の効力を否定するには,行為の当時意思能力がなかったことを証明しなければならないが,その証明は困難なことが多い。

 第2に,意思能力を欠如する者の行為の効力を否定することは,これらの者を保護するために必要であるとしても,その反面,意思無能力者と取引をした相手方側に損害を与えることがある。そこで,取引の安全を図るために,意思無能力者を定型化し,取引の相手方からわかりやすくすることが要請される。

 意思無能力者の行動が,極端な事案(3歳児が1万円札を贈与する等)を別にすれば,意思無能力であるということは外形上他者によって覚知されえない状況であることがむしろ普通である。そしてまた,本人自身は,自己の意思無能力であることを,または,行為の時点では意思無能力であったことも,自ら立証することの困難な場合が少なくないのみでなく,かれの相手方である者が事前に事態を察知して,トラブルの発生を回避することも,また,本人の意思無能力を事後的に立証して不当な損失を免れることも,困難な場合が少なくない。

 というのは,「意思能力の有無は,個々の具体的な法律行為ごとに,行為者の能力・知能などの個人差その他をそのままふまえての,実質的個別的判断にかかるものであり,なんらかの画一的・形式的な基準によるものではない。したがって,問題になる法律行為がいかなる種類の行為であるかによっても判定が異なることがありうるというべく,また,責任能力の有無の判定にも,差異が生ずることがありうる。ただ,実際には7歳程度の通常人の知能あたりが,意思能力の有無の分界線であることが多い,といわれる」とされている(幾代51)が,この分界線自体もあまり明解なものとはいいがたいのである。

 このような難点を解決しようとするのが,制限行為能力者制度である。

 

(2) 行為能力の意義

 

 意思無能力者の保護を確実にし,同時に取引の相手方に不測の損害を与えないようにする制度が行為能力である。すなわち,意思能力が完全でない者を定型的に,未成年者(4条),成年被後見人(7条),被保佐人(11条)および被補助人(14条1項)に分類し,これらの者には独立して取引をする能力(行為能力)が制限されているとする。これらの者は,独立に取引をすることができないので,その利益を図るために,民法制限行為能力者の保護機関を同時に設けた。すなわち,未成年者には親権者・未成年後見人,成年被後見人には成年後見人,被保佐人には保佐人,被補助人には補助人である。

 そして,制限行為能力者が単独で行った行為は取り消すことができる(ただし,取消権者が追認をすることができる時から5年間取消権を行使しないとき,当該行為の時から20年を経過したときには消滅する(126条))。取り消された行為は初めから無効であったものとみなされる(121条本文)。

 

(3) 制限行為能力者の相手方の保護

 

 第1に,制限行為能力者の相手方は,制限行為能力者との行為につき,取り消されるまでは一応有効だが,いつ取り消されて遡及的に無効とされるか分からないという,不安定な状態に置かれる。そこで,民法は,相手方保護のため,催告権による取消権排除の規定を置いた(20条1項2項)。
 第2に,制限行為能力者が取引行為をなすにあたって,詐術を用い,行為能力者として相手方を誤信させた場合には,そのような制限行為能力者まで保護する必要がないので,民法は,このような場合に取消権を否定する規定を置いた(21条)。

 

《参考文献》

 

○金子宏・新堂幸司・平井宜雄編『法律学小辞典(第4版)』709頁参照

 

4.意思能力制度と行為能力制度の関係

 

 制限行為能力者制度の立法趣旨は,行為時における意思能力不存在についての立証負担から当事者を解放し,他方で画一的な制度の上で公示させることで取引相手方の保護の要請に応えようとすることにある。しかも,これを「無効」ではなく,「取消すことができる行為」としたのは,あくまで制限行為能力者側に主導権を握らせて,制限行為能力者をして結果としてより有利な選択ができるようにするとともに,取消権の行使を一定の期間制限に服せしめることによって取引の安定との調和を図ろうとしたものであろう。そうであるならば,制限行為能力者制度がある以上,これを最大限活かすべきであるとの判断にも一理ある。極論すれば,財産的法律行為に関しては,意思能力が行為能力制度の中に昇華したともいえよう。ただ,意思無能力者が必ずしも制限行為能力者制度を利用するとは限らないことを考えると,事実的意思無能力者の保護を切り捨てることは適当でなく,かといって,行為時の意思無能力の立証負担を度外視すれば,審判を受けないでいる方が有利になるという不公平も避ける必要がある。とすれば,両者の併存を認め,最も問題となる主張期間について,信義則による権利失効原則を媒介させ,失効の基準期間として126条を考慮するという程度の調整をはかることで対処するのが妥当であろう。

 

《参考文献》

○河上正二・民法判例百選1第5版『意思能力なき者の行為』

5.いわゆる「二重効」の問題について

 

(1) 問題の所在

 

 上記に関連して,いわゆる「二重効」の問題がある。すなわち,制限行為能力者が同時に意思無能力者であるとき,意思表示の効果がどうなるかという問題である。

 

(2) 学説の整理

 

 本論点に関して,意思理論を根底に置く法理論上の争いがある。以下,紹介する。

 

① 二重効肯定説(通説)

 

 二重効を認めるべきであるとする。すなわち,制限行為能力を主張して取り消してもよいし,意思無能力を主張して無効を主張してもよい。

 その根拠としては,第一に,いずれも主張しうると解するのが,制限行為能力者保護に資すること。例えば,意思無能力者が,後見開始の審判を受けたことによって逆に不利益になるのは背理である。

 第二に,「無効」の意味も表意者保護の観点から理解し,制限行為能力者の側からしか無効主張できないと解すれば,いずれを主張しても重要な点で「取消し」との差はなくなるから,不当でもないこと。

 第三に,取消も無効と同じように表意者保護のため法律行為の効果を否定する手段にすぎず,無効な法律行為は無であり取消余地がないとするのは,法律概念を自然的実在と同視するものであること。

 第四に,法の形式論理構造の観点に立つ限り,法律効果は,理論的結論として,具体的法律要件とによって個別化され,内容・目的が同一であっても,法律要件を異にする限り,おのおの独立の効果として二重効を承認せざるをえないこと。

 しかし,二重効肯定説に立った場合でも,無効主張と取消との両者の間に存在する要件・効果の差異をどのように調整すべきかの問題は残っている。この問題を解決するためには,第一に,意思無能力を理由とする法律行為の無効は,意思無能力者自身を保護するための制度であることに鑑みて,無効の主張は,意思無能力者側からのみこれをすることができ,それがないのに,相手方側ないし第三者が無効主張をすることはできない,解すべきであろう(民法120条類推適用)。第二に,意思無能力者の負担を軽減するために民法121条但書をも類推適用する反面,相手方ないし第三者の地位の安全のために,無効主張は一定期間内にのみなされうると解すべきである。

 こう解釈することによって,無効主張と取消との選択行使を認めることに対する批判は回避し得るであろう。

 

② 否定説(船橋)

 

 制限行為能力の取消しのみ認めるとする。
 その根拠としては,意思無能力者の特則として取引の安全の観点も加味して制限行為能力制度を定めたのであるから,一般的な意思無能力無効ではなく特別規定としての制限行為能力規定が優先することが挙げられる。
 しかし,行為者が無効を主張しうる方が取消をするよりもかれによって有利な場合が少なくともあることを前提とする限り,意思無能力者にとっては,併せて制限行為能力とされてしまう場合よりも,単純に意思無能力者であるのみの方が,かれにとって有利な場合もありうることになり,制限行為能力制度を本人の保護のためのものとする趣旨に反する結果となる。

 

③二重効否定説(旧通説)

 

 無効と取消の主張を選択的になしえないとする。表意者は無効の主張のみをなし得る。
 その根拠としては,意思主義理論によった場合,意思無能力者のなした意思表示は当然に無効であり,これを一応有効としつつ取消を認める余地はないはずであることが挙げられる。

 

以上。

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