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法律行為の取消しと登記 ~とくに民法96条による取消を中心に~

法律行為の取消しと登記 ~とくに民法96条による取消を中心に~

 

意思表示を取り消した場合、法理論上は遡及的無効となる。つまり、はじめからなかったという理屈で結論付けようとするものである。ただ、当事者以外の利害関係人がいたような場合、その利益等も考慮して妥当な結論を導く必要がある。

判例理論のように、対抗力の前後で主観的要件を変えてしまうことに問題はないのか。動産や物権変動を伴わない法律行為の場合にはどうするのか。この点について理論をしっかりと整理する必要があろう。

以下、これまでの学説の動向、判例を整理する。

 

1.論点の整理

 

 法律行為の取消しと登記とは、主に不動産取引においてその法律行為が取り消された場合において(民法96条・6条2項・9条)、第三者が保護または対抗するための要件として登記が必要か否かという問題である。
 本書では主に民法96条3項を中心に、取消前に利害関係に入った第三者と取消後に利害関係に入った第三者に分けて学説と判例の動向をまとめる。

 

2.取消前の第三者

 

 例えば、AB間の売買契約が取り消される以前にBがCに転売していた場合、AはBとの契約の取消しを第三者Cに対抗できるか。

 AB間の契約が取り消されれば、Bは所有権を取得しえず、したがって、Cも権利を取得できない。つまり、AはCに対して契約は取り消されたから自己が所有者であるとして、Cに対して返還請求をすることができる。

 ただし、取消原因が詐欺の場合には、第三者Cが善意であれば、Aは取消しを対抗できない(96条3項)。

 

(1) 表意者の登記の要否

 

 表意者は取消権行使の結果を第三者に主張するために登記が必要かという問題である。

 

① 不要説(大判昭和4年2月20日民集8巻59頁、学説の多数説)

 

 もし登記が必要だとしたら、表意者Aが登記を買主に移転した後は、もはや制限能力・強迫などを理由として取消権を行使できなくなり、制限能力者、被強迫者の保護に欠けるからというのが登記を不要とする理由である。

 

② 必要説

 

 第三者の保護の要請、取引の安全の見地から、表意者に登記を要求すべきであるとする。

 

(2) 第三者側の登記の要否

 

 取消原因が詐欺の場合、善意の第三者が保護されるためには、善意であればよいのか、それとも登記を経由していることが必要かについて争いがある。

 

① 不要説

 

 その根拠としては、第一に、条文上登記の有無を問うていないこと。
 第二に、第三者は、取消権者とは前主後主の関係にあり、対抗関係に立たないのであるから、対抗関係としての登記は不要であること。
 第三に、表意者にも何らかの落ち度があるのであるから、第三者を保護すべきであることが挙げられている。

 

② 必要説(我妻)

 

 その根拠としては、第一に、善意の第三者は、単に債権を取得しているというだけでは不十分であること(我妻)。
 第二に、詐欺にあった者は帰責性が少ないので、第三者の保護要件を厳しく考えるべきであることが挙げられる。

 

③ 最判昭和49年9月26日民集28巻6号1213頁

 

 原審が適法に確定した事実関係によれば、訴外E株式会社(以下、Eという。)は、昭和四一年六月二四日被上告人よりその所有の本件農地(第一審判決別紙目録(六)記載の土地)を含む六筆の本件土地を、建売住宅の敷地とする目的で買い受け、本件農地につき農地法五条の許可を条件とする所有権移転仮登記を、その余の各土地につき所有権移転登記を、それぞれ得たうえ、同年七月初旬、本件土地を上告人の被承継人である原審被控訴人F工業株式会社(以下、被控訴会社という。)に対する債務についての売渡担保として被控訴会社に譲渡し、同会社のため、本件農地については右仮登記移転の附記登記を、その余の各土地については所有権移転登記を、それぞれ経由したところ、被上告人とEとの前記売買契約(以下、本件売買契約という。)は、Eの代表者の詐欺に基づくものであつたため、被上告人は、同年七月二七日、Eに対し、本件売買契約の意思表示を取り消したが、被控訴会社は上記の売渡担保契約(以下、本件売渡担保契約という。)に際し、右詐欺の事実を知らなかつた、というのである。

 しかして、原審は、詐欺をした者から目的物を善意で転得した者がその所有権取得について対抗要件を備えているときにかぎり、この者に対して詐欺による取消の結果を対抗しえない旨説示したうえ、本件農地については被控訴会社はもとよりEもその所有権を取得しているとはいいがたく、たんにその移転請求権を取得しているにすぎないし、かりにその現況のいかんにより所有権の移転が実現しているとしても、被控訴会社は所有権取得の対抗要件を備えている者ではないから、被上告人は詐欺による取消の結果を被控訴会社に対抗できると判示して被控訴会社の抗弁を排斥し、本件農地について被控訴会社が経由した仮登記移転の附記登記の抹消登記手続を求める被上告人の請求を認容したことは、所論のとおりである。

 おもうに、民法九六条一項、三項は、詐欺による意思表示をした者に対し、その意思表示の取消権を与えることによって詐欺被害者の救済をはかるとともに、他方その取消の効果を「善意の第三者」との関係において制限することにより、当該意思表示の有効なことを信頼して新たに利害関係を有するに至った者の地位を保護しようとする趣旨の規定であるから、右の第三者の範囲は、同条のかような立法趣旨に照らして合理的に画定されるべきであって、必ずしも、所有権その他の物権の転得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出し難い。

 ところで、本件農地については、知事の許可がないかぎり所有権移転の効力を生じないが、さりとて本件売買契約はなんらの効力を有しないものではなく、特段の事情のないかぎり、売主である被上告人は、買主であるEのため、知事に対し所定の許可申請手続をなすべき義務を負い、もしその許可があつたときには所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至るのであり、これに対応して、買主は売主に対し、かような条件付の権利を取得し、かつ、この権利を所有権移転請求権保全の仮登記によって保全できると解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三〇年(オ)第九九五号同三三年六月五日第一小法廷判決・民集一二巻九号一三五九頁、同三三年(オ)第八三六号同三五年一〇月一一日第三小法廷判決・民集一四巻一二号二四六五頁、同三九年(オ)第一三九七号同四一年二月二四日第一小法廷判決・裁判集民事八二号五五九頁、同四二年(オ)第三〇号同四三年四月四日第一小法廷判決・裁判集民事九〇号八八七頁、同四六年(オ)第二一三号同四六年六月一一日第二小法廷判決・裁判集民事一〇三号一一七頁参照)。そうして、本件売渡担保契約により、被控訴会社は、Eが本件農地について取得した右の権利を譲り受け、仮登記移転の附記登記を経由したというのであり、これにつき被上告人が承諾を与えた事実が確定されていない以上は、被控訴会社が被上告人に対し、直接、本件農地の買主としての権利主張をすることは許されないにしても(最高裁昭和二九年(オ)第九七一号同三〇年九月二九日第一小法廷判決・民集九巻一〇号一四七二頁、同三七年(オ)第二九一号同三八年九月三日第三小法廷判決・民集一七巻八号八八五頁、同四六年(オ)第二一三号同四六年六月一一日第二小法廷判決・裁判集民事一〇三号一一七頁参照)、本件売渡担保契約は当事者間においては有効と解しうるのであって、これにより、被控訴会社は、もし本件売買契約について農地法五条の許可がありEが本件農地の所有権を取得した場合には、その所有権を正当に転得することのできる地位を得たものということができる。

 そうすると、被控訴会社は、以上の意味において、本件売買契約から発生した法律関係について新たに利害関係を有するに至った者というべきであって、民法九六条三項の第三者にあたると解するのが相当である。

 論旨は、被控訴会社が被上告人に対して本件農地についての所有権移転請求権ないし条件付所有権の取得を対抗できることを前提として原判決を非難するものであつて、本件売渡担保契約について被上告人がなんらの関与もしていない以上、その前提を欠くけれども、被控訴会社が、被上告人のした本件売買契約の意思表示につき、民法九六条三項の第三者にあたると解すべきこと上述のとおりであつて、原審は右法令の解釈適用を誤っているのであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかで、この点を指摘する論旨は、結局において理由があり、原判決は破棄を免れない。

 そして、原審の確定した事実関係に右法令を適用すれば、本件農地についての被上告人の本訴請求についても、被控訴会社の抗弁は理由があり、被上告人の右請求は失当として棄却すべきものである。

※ 判例は「必ずしも、所有権その他の物権の転得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出し難い」として第三者を保護している。このことから、不要説であると解される(下森)。これに対し、判例の事案では農地が問題となっており、本登記は知事の許可がないとできないため、第三者がなしうるかぎりのこと(仮登記)は経由していることを重視して、登記必要説を採ったと評価する学説もある(星野、河井=岡、須永ほか)。つまり、判例が不要説を採ったのか必要説を採ったのかで評価が分かれている点も重要である。

 

3.取消後の第三者

 

 例えば、AがBに取消しの意思表示をしたが登記を回復する前に、BがCに転売し、Cが登記を経由した場合、AはCに売買の目的物となった不動産の返還を求めうるかという問題である。

 

(1) 177条説(大判昭和17年9月30日民集21巻911頁、最判昭和32年6月7日民集11巻6号999頁)

 

 表意者と取消後の第三者とは対抗関係に立ち、対抗要件を先に備えた者が優先するとする。

 その根拠としては、第一に、取消しの遡及効は法的な擬制にすぎず、取り消されるまでは取り消しうる行為も有効であるから、取消しの時点であたかも所有権の復帰があったのと同様に扱うことができること。

 第二に、取消しがなされた以上、これによる法律関係の変動は迅速に公示し取引の安全を図るべきであることが挙げられる。

 しかし、取消前の第三者については取消しの遡及効を認めながら、取消後の第三者についてのみ取消しの遡及効を貫徹しないことは矛盾する。また、取消後の第三者は悪意であっても登記を具備すれば保護されることになり不当である(なお、この点については、対抗要件については、善意・悪意を問わないから、悪意でも登記を経由すれば勝つことは、二重譲渡と同じで、おかしくないという反論がある)。

 

(2) 96条3項説(川島)

 

 96条3項は「善意」である限り、取消しの前後を問わず保護されるとする。
 しかし、96条3項が第三者の保護を図ったのは、取消しに遡及効があることで第三者が害されるのを防ごうとした趣旨であるから、その適用は当然、遡及効で害される第三者、つまり取消前の第三者に限られる。

 

(3) 94条2項類推説

 

 94条2項を類推適用するとする。
 その根拠としては、第一に、取消しの遡及効に適合的であること。
 第二に、第三者の善意・悪意や過失の有無を考慮したきめ細かな調整ができることが挙げられる。
 しかし、被欺罔者には、虚偽の外観を作出した者ほどの帰責性がなく94条2項類推の基礎を欠く。また、何をもって第三者の善意といえるか判定がきわめて困難である。

 

(4) 最判昭和32年6月7日 民集11巻6号999頁

 

 国税滞納処分における公売による不動産所有権の移転に関しても民法一七七条の適用あるものと解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨に照し明らかである。(昭和二九年(オ)七九号同三一年四月二四日第三小法廷判決参照)しかして、原審の確定した事実によれば、原判決目録記載の不動産は、もと上告人の所有であつたが、国税滞納処分として公売に付され、Dがこれを落札してその所有権を取得し同人のため所有権取得の登記がなされたところ、その后、上告人の再調査の請求により右公売処分は取消されたが、右公売処分の取消にもとずく所有権の回復については上告人は登記を経由しないでいるうちに、Dは、本件不動産を被上告人B1に譲渡し、次いで同被上告人の手を経て、被上告人B2及び被上告人東京都が、それぞれ原判示のごとくその所有権を取得し、その登記を経由したというのである。

 以上の事実関係の下においては、たとえ前記公売処分の取消により、上告論旨主張のごとく遡及的に本件不動産の所有権がDから上告人に復帰したと仮定しても、(本件公売処分の取消は、上告人の再調査の請求に基づく取消処分であって、上告論旨の主張するごとく、右公売の当然無効なることを宣言した趣旨でないことは原判示上あきらかである)その所有権の回復について登記を経由しなかつた上告人は、右公売処分取消の後に、本件不動産の所有権を譲受けた被上告人等に対抗し得ないことは勿論である。けだし本件不動産が、前示公売により、一旦Dの所有に帰した事実がある以上、Dにおいて前記のごとく、公売処分の取消により上告人に所有権が復帰したのち、さらに、被上告人B1に譲渡したのは、民法一七七条の関係では、あたかもDがこれを上告人と被上告人B1に対し、いわゆる二重譲渡をした場合と異なるところはないからである。

 

 

《参照文献》


○山田卓生『民法の争点・法律行為の取消しと登記』
○金子敬明『民法判例百選51事件・法律行為の取消しと登記』

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