契約がまだ結ばれていない段階であれば一方的に交渉を打ち切っても大丈夫?
Q.契約がまだ結ばれていない段階であれば一方的に交渉を打ち切っても大丈夫?
A.その打ち切りが信義に反するような場合は損害賠償責任を負う場合があります。
平成28年度宅建試験に出題された問題をピックアップして解説して行きます。
宅建試験に合格する民法の学習
今週から、例年宅建試験で14問程度出題されている民法及び関連法令を過去問等を活用しながら説明します。試験勉強というスタンスで法律を学ぶと、つい問題集を利用して末端の知識の暗記に終始しがちです。試験直前期はもちろんそれも重要なのですが、それだけでは法的思考能力(リーガルマインド)を問うような近年の難問には太刀打ちできません。試験まで半年ある今だからこそできるしっかりと根を下ろして頑丈な土台を作る学習が、結局は早く合格できる勉強となります。少しだけ理屈っぽくなりますが、お付き合いください。
民法の基本原則とは?
民法1条には、1項に「公共の福祉」、2項に「信義則」、3項に「権利濫用禁止」が定められています。土台となる法律には、このようにとても曖昧な条文があったりします。これを一般規定等と呼び、その法律を使う際の指導原則となります。ちなみに、この規定は、第二次大戦後の昭和22年の改正で追加されたものです。日本国憲法12条の公共の福祉の規定や同29条の私有財産に関する規定に対応して定められました。
信義則とは?
信義則とは、契約等の関係に入った者は、相互に相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動しなければならない原則をいいます。ヨーロッパでこの規定が生まれた当初は契約関係に入った後のルールでしたが、その後拡張され、現在は契約関係にない関係であっても適用されるようになっています。また、義務の履行だけでなく、権利の主張の段階でも適用されます。この信義則はあらゆる場面であらゆる形で現れます。たとえば、身近な不動産取引の場面では、建物を無断転貸した場合における契約解除の制約原理が信義則から生まれた判例理論と言われています。つまり、無断転貸したという事実だけでは賃貸借契約は解除できず、その無断転貸が契約当事者間の信頼関係を破綻する程度の状態に陥っていてはじめて契約の解除ができるとする理論です。これは民法の条文には定めがありません。信義則という一般規定の解釈から生まれるものと言われています。
権利の濫用とは?
外形上は正当な権利行使のように見えても、具体的実質的見ると権利の社会性に反する場合は、効力を持たないとする理論です。元々は所有権等の物権的な関係における制約原理で、債権の行使や履行を制約する原理が信義則であるとする見解が有力でした。しかし、現在の通説・判例は両者を分ける実益の乏しさから、重複しても構わないとしています。たとえば、判例は時効が完成した後に弁済し、後に消滅時効を主張し弁済した金銭の返還請求することは信義則違反にも権利濫用にもあたると判断するものが少なくありません。
学習ポイント
信義則と権利濫用については判例の出題しかありません。判例は事実と争点と判旨の3点でまとめましょう。
(過去問にチャレンジ!)
【問 題】 次の記述のうち,民法の規定及び判例によれば,正しいものはどれか。(平成18年問1)
- 契約締結交渉中の一方の当事者が契約交渉を打ち切ったとしても,契約締結に至っていない契約準備段階である以上,損害賠償責任が発生することはない。
- 民法第1条第2項が規定する信義誠実の原則は,契約解釈の際の基準であり,信義誠実の原則に反しても,権利の行使や義務の履行そのものは制約を受けない。
- 時効は,一定時間の経過という客観的事実によって発生するので,消滅時効の援用が権利の濫用となることはない。
- 所有権に基づく妨害排除請求が権利の濫用となる場合には,妨害排除請求が認められることはない。
正解:4
- ×相手方が,契約が成立することは間違いないと考えて成立締結に備えて準備をしている場合に,こちらから一方的に契約しないと通告したようなときに,相手方に損害が生じれば,契約締結上の過失責任として,損害賠償義務を負うことがあります(信義則 最判昭和59年9月18日)。
- × 債務などの義務の履行や権利の行使には,信義則が適用され,制約を受けます。義務の履行や権利の行使には,相互の信頼関係が基本になるからです。
- × 当事者は時効を援用することができます。しかし,時効が完成した後に,債務者がそれを知らずに債務の承認をしたような場合において,債務者が後に時効が完成していたことに気づき,あらためて時効を援用することは,信義則違反にも権利濫用にもなる可能性がある(最大判昭和41.4.20)。
- ○ 所有権が侵害されてもこれによる損失が軽微であり,また,所有権を侵害している状況をなくすことが著しく困難かつ莫大な費用を要するような場合は,その除去を求めることが権利の濫用にあたるとする判例があります(大判昭和10年10月5日)。そして,所有権に基づく妨害排除請求が権利の濫用となる場合には,妨害排除請求が認められることはありません。