無権利者からの権利取得と主観的要件
無権利者からの権利取得と主観的要件
他人の物が、その所有者の同意がなくても、自分の物になってしまう摩訶不思議な理屈があります。即時取得や時効取得、公示の原則の反射効、と名称はとても難しいですが、内容もとても難しいです。
ただ、普通に考えるのが得策です。他人の物は他人の物、自分の物は自分の物、という当たり前の事はもちろん法律上も当たり前なので、こちらが原則となります。例外として、必要性と許容性を備えた場合には例外を認めても良いことになっています。
この例外の要件は、動産のほうが不動産より緩やかです。特に、即時取得は明文で動産に限られています。
これらの制度に共通するものとして取得者の善意等の主観的要件です。
ただ、一見、同じ場面で問題となる物権変動における対抗関係、別名、公示の原則と呼ばれる理論では、主観的要件を問題とせずに対抗要件の有無で反射的に物権変動が確定したりします。次元の違う話ではあるが、これが次元が違う話であることを理解しないと、さっぱり意味の分からない理論となるので整理する必要があります。
(1) 動産の場合
① 総説
ある動産につき実際の権利者はAであるのに,その物の権利者はBであるかのような表象があり(つまり,Bがその物を所持している),その表象を信じてその物がBの所有物であるとして,Bから権利を取得したCがいるとした場合,「公信の原則」により,Cは,無権利者Bからの取得であるにもかかわらず,その物につき権利を取得することができる。このように,「公信の原則」とは,真実の権利者Aを犠牲にして表象を信頼したしを保護するものであるといえよう。すなわち,動産取引というのは日常頻繁になされるものであるから,公示(表象)を信頼した者を保護する要請が著しく高いことから,公信の原則が採用されているのである。
ここで,「公示の原則」と「公信の原則」の違いおよび思考方法をまとめておく。
たとえば,Aが古本屋Bで我妻先生の「民法講義Ⅱ物権法」を購入しようとしたが,手持ちの金銭が不足していたので,お店の人に頼み込み代金の半分を払って,残金は明日支払う約束をして,いったん古本屋Bにその本を預かってもらったとする。ところが,古本屋Bは,Aが取りに来る前に,その本をCに売却してしまったという事案で,考えてみよう。
この場合,Cが「公信の原則」すなわち即時取得(192条)で保護され,Cは「民法講義Ⅱ物権法」の所有権を取得することになるが,法律的には次のような思考からこのような結論を導かなければならない。
そもそも,Cが即時取得により保護されるとするためには,Aが権利者であり,「民法講義Ⅱ物権法」の所有権をCがAに対抗できないことが必要となります。というのは,もしCがAに対して即時取得ではなく,そもそも所有権を対抗できる地位にあるのならば,わざわざ即時取得を持ち出すことはないからです。従って,論理的にはその過程を考えて行くことが必要である。
まず,Aは「民法講義Ⅱ物権法」を取得したといえるか。これは物権変動における所有権移転時期の問題である。この点,判例・通説によると意思主義(176条)から,特約のない限りBと売買契約を締結した時に,「民法講義Ⅱ物権法」の所有権を取得することになる。したがって,本事案においては,AB間で売買契約がなされているので,Aは所有権を取得したといえる。
次に,Aが取得した所有権は,Cに対抗できるものか。これは,178条の対抗要件の問題である。178条の「引渡」には「占有改定」も含まれるとするのが判例・通説である。本事案においては,ABで占有改定があったといえるので,Aの所有権取得は対抗要件も撫しているといえる。
以上のような論理過程を経て,やっとCが即時取得できるかどうか,つまり即時取得の要件吟味に入ることになる。
まとめると,「公信の原則」(192条)は,動産物権変動についての公示方法の不十分さを補うものなのであるから,先の具体例においても,いきなり192条で問題の解決を図るのではなく,まず,Aが所有権を取得したかどうか(176条),次に,その所有権取得が対抗要件を具備したかどうか(178条)を順に検討して,最後に,192条の解釈を展開するという分析が必要である。そして,Cが「占有改定」しか受けていない場合には,192条の要件を満たすのかどうかを検討しなければならない。
② 即時取得の要件
ア.動産であること
具合例としては,
・成熟期に達した稲立毛
・登録を要しない軽自動車
・未登録の自動車
・不動産とともに処分された他人所有の従物
などが限界事例とあげられる。
それに対して,認められない例としては,
・金銭
・一般債権
・伐採前の立木
・有価証券
などがある。
《論点:登録自動車の即時取得》
登録自動車について,即時取得が適用されるか。登記・登録によって公示される動産は,占有の移転を公示方法とする通常の動産と性質が異なるため問題となる。
この点,下級新判例は肯否分かれていたが,最高裁昭和62年4月24日判決によって,192条の適用を否定された。すなわち「道路運送車両法による登録を受けている自動車については,登録が所有権の得喪並びに抵当権の得喪及び変更の公示方法とされているのであるから(同法5条1項,自動車抵当法5条1項),民法192条の適用はないものと解するのが相当であり,…」と判示した。
学説は,上記最高裁の判決と同様の理由で適用を否定するのが通説であるといえる(我妻,舟橋,於保,広中など)。これに対して,有力な説として,理論的な難点は意識しつつ,自動車取引の安全をはかる必要から,なお適用を肯定すべしと主張している。ただ,その要件を加重して,無権利者たる譲渡人が占有しているのみならず,登録名義人でもあり,かつ譲受人が自己名義に登録を移すことを要求する(鈴木,加藤)。この他,端的に登録に公信力を認めることを主張する学説もある(石田)。
結局,通説は登録が公示方法とされる動産は,不動産と同じく扱うべきだと主張し,有力説は,自動車はあくまで動産であり,取引安全を図る要請は,通常の動産と異なるところはないと主張しているといえよう。
たしかに,192条は占有する者を所有者とみてよいという一般的な蓋然性を前提にした規定であり,その意味で登録によって公示される動産について,本条をそのまま適用することはできない。
しかし,無権利者が占有の他,所有者として登録されている場合に,192条の類推適用を認める必要性は大きいのではなかろうか。なぜなら,このような場合,一般にその者が所有者である蓋然性は高く,取得者の信頼は正当とみられることが多いからである。この点,通説の立場に立っても,真の権利者が虚偽仮装の登録に加担している場合,虚偽登録を信頼した取得者は94条2項の類推適用によって保護される可能性はある。とすると,一定の場合,通説と有力説とで,結論において差異はなく,法律構成に差異があるにすぎないということになる。
なお,登録に端的に公信力を与える考え方(石田)は問題があると思われる。というのは,自動車という物の性格上,占有の伴わない登録名義のみを基礎とする取引は考えられないし,またこれに保護を与える必要性もないからである。
《論点:金銭について即時取得が成立するか》
金銭ないし貨幣は,金何円という金銭的価値が動産たる紙片または金属に化体せられているものであり,一種の有価証券たる性質を有する。このような金銭について即時取得は成立するか。
この点,かつての判例は,長い間,金銭が動産である点を捉え,即時取得の適用を認めていた(大判大9年11月24日など)が,最判昭和29年11月5日は,「金銭は通常物としての個性を有せず単なる価値そのものと考えるべきであり,価値は金銭の所在に随伴するものであるから,金銭の所有権は特段の事情のないかぎり金銭の占有の移転とともに移転するものと解すべき」であるとし,その後の処理は不当利得返還債権関係によるべきだと判示するに至っている。
学説も,最高裁の見解を支持している。金銭はその性質上単なる動産でないことは明らかであり,また,盗品・遺失物に関する193条の適用を認めるとすれば,金銭の流通性を阻害することにもなる。したがって,金銭については,即時取得の適用を否定するのが当然である。そこで,金銭については,少なくとも有価証券に対してと同様の流通保護を与えるべきだとの見解もあるが,通説は上記判例と同様,占有とともに金銭所有権は移転するものと解している。
イ.無権利者から占有を承継したこと
無権利者の具体例としては,
・賃借人
・受寄者
・二重売買の第一買主が占有改定・指図による占有移転を経た後の売主
・執行官が当該動産に処分権限をもたない場合
などである。
それに対して,無権利者と認められなかった例としては,
・無権代理人(たとえば,丙が甲の代理人と称する乙から,代理権のあるものと信じて甲所有のテレビを購入し,その引渡しを受けたが,実は代理権がなかったとき,表見代理が成立しうることは別にして,丙に即時取得の適用はない)
・権利者だが無能力者である場合
・売主が錯誤に陥った場合
などがある。ただし,これらの場合の転得者には192条の適用がある。
ウ.取引によって占有を承継したこと
明文にはないが,本条が公信の原則を規定したものである以上,取引行為によらない動産取得者を保護する必要はなく,解釈上,要求される要件である。
具体的には,売買・贈与・代物弁済・質権設定・消費貸借・競売などが挙げられる。それに対して,相続のような包括承継または減資取得による占有取得や,伐採前の立木を非所有者から譲り受け,譲受人が自ら伐採したような場合は,即時取得はない。
エ.平穏・公然・善意・無過失に占有を取得したこと
まず,186条によって,平穏・公然・善意が推定される。
無過失については,186条では推定されないが,およそ占有者が占有物の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定される以上(188条),譲受人たる占有取得者が右のように信ずるについては過失がないものと推定され,占有取得者自信において過失のないことを立証する必要はない(最判昭和41年6月9日)。
また,法人における善意・無過失は,その法人の代表者について決するが,代理人が取引をしたときは,その代理人について決すべきである(最判昭和47年11月21日)。
オ.取得者が自ら占有を取得したこと
現実の引渡と簡易の引渡に192条が適用されることについて争いはない。しかし,占有改定と指図による占有移転については争いがある。
《論点:占有改定と即時取得》
対抗要件としての引渡しは占有改定でもよいとされている。即時取得の要件としての「占有」の開始も,占有改定でよいについては争いがある。
否定説(判例,末川・林)
否定説の根拠は、①一般の外観上従来の占有事実の状態に何等変更を生じない占有改定により即時取得が生ずるとすれば,他人の利害関係ことに従前占有を他人に委ねた権利者の利害を全然顧慮しないことになること。②192条の法文中には譲受人が「動産の占有を始め」たことが,即時取得の要件とされていることが挙げられる。
肯定説(末弘・石田・柚木・我妻旧説)
肯定説の根拠は、即時取得が,取引安全のための制度であることを強調し,占有の取得は即時取得の本来的要件ではなく,単に対抗要件として必要であるにすぎないことが挙げられる。
折衷説(我妻・鈴木)
占有改定によって,一応即時取得は成立するが,それは確定的ではなく,後に現実の引渡がなされることによって,即時取得は確定的となる。譲受人は占有改定によって一応目的物を即時取得するが,その取得はいまだ不確定的で,もし,譲受人が現実の引渡しを受ける依然に所有者が譲渡人(現実の占有者)から現実の引渡しを受ければ,譲受人の即時取得は確定的になかったことになる。
要件をまとめると,
否定説の場合は,現実の占有取得時まで善意無過失であること要する。
肯定説の場合は,占有改定時に善意無過失であることを要する。
折衷説の場合は,占有改定時に善意無過失であることを要する。
以下,具体例を挙げつつ学説を検討する。
Aはその所有している動産をBに賃貸し,Bが占有をしているが,BがこれをCに売却して1月1日に占有改定をして,2月1日にCはBから現実にその動産の引渡を受けた場合(ケース1)。
否定説では,Cは1月1日にその動産の所有権を取得することはなく,現実の引渡を受けた2月1日に所有権を即時取得することになる。
肯定説では,Cは1月1日に占有改定により引渡を受けたのであるから,その時に確定的に所有権を取得する。したがって,2月1日にその物が本当はAの所有物であることを知っていても(悪意)問題がない。
折衷説では,Cは1月1日に占有改定により一応引渡を受けたものとされるが,それは確定的ではなく,後に現実の引渡を受けなければAに対抗できないことになる。つまり,2月1日までの間にAがBより物を取り戻せば,Cは所有権を取得できないという結果になる。
Aはその所有している動産をBに譲渡し,Bは占有改定により引渡を受けたが,Aはその動産をさらにCに占有改定をして譲渡した。つまり,動産は現在Aが現実に占有している場合(ケース2)。
否定説では,Bは178条の対抗要件を具備しているが,Cは192条の要件である引渡を受けていないので,Bが先に対抗要件を備えている以上,Bはその所有権を主張できる。
肯定説では,CはBに物を譲渡したことにより無権利者となったAから,192条の引渡を受けているのであり即時取得し得る。その結果,Bは所有権を喪失することになる。
折衷説では,CはBに物を譲渡したことにより無権利者となったAから,192条の引渡を受けていることから即時取得するが,それは確定的ではなく,後にAから現実の引渡を受けることにより,確定的に所有権を取得する。
Aが所有している動産をたんに預かっているXが占有しており,Xは,その動産をBとCとに二重譲渡したが,いずれも占有改定である場合(ケース3)。
否定説では,BもCも192条の引渡を受けていない以上,即時取得することはなく,所有権はAにある。
肯定説では,BもCも192条の引渡を受けているが,後から引渡を受けたCが即時取得し所有権を取得することになる。
折衷説では,BかCのうちいずれか早く現実の引渡を受けた者が所有権を取得することになる。そして,いずれの者も現実の引渡しを受けないでいる間に,Aが物を取り戻すと,BもCも所有権を主張できなくなる。
《論点:指図による占有移転と即時取得》
指図による移転も,占有改定と同様に外観上物の占有状態に変動を生じない。指図による占有移転の場合も同様に即時取得できないのか。
判例は,真正権利者AがBに占有を委託し,そのBがCに対して占有改定による譲渡をなし,さらにCがDに譲渡し,Bに対する指図によって占有を移転した場合に,Dの即時取得を認めていない(大判昭和8年2月13日,ケース1)。
しかし,A所有の物を占有するBがこれをさらにCに占有委託し,その後,Bがその物をDに譲渡し,Cへの指図によってDに占有を移転した場合においては,Dの権利取得を肯定するもの(大判昭和7年2月23日)と否定するかのような態度を示すもの(大判昭和10年5月31日)とに分かれる(ケース2)。
③ 即時取得の効果
所有権・質権・譲渡担保権を取得する。また,この取得は原始取得となる。つまり,前主に存した制限は取得者に承継されないことを意味する。さらに,即時取得者は不当利得返還義務を負わない。
(2) 不動産の場合
① 総説
次に,無権利者からの権利取得について,不動産の場合の措置を検討する。この問題を考える際,いわゆる「公示の原則」と「公信の原則」の関係について考えておく必要がある。
公示の原則とは,物権の変動は外部からこれを認識できるような何らかの表象を伴わなければならないとする原則をいう。この公示の原則がとられるのは,物権というものが排他性を有しており,同一物の上に同一内容の物権が成立することを許さないものであるから,一定の外形,つまり,不動産にあっては登記,動産においては引渡によって,外部から物権変動のあったことを認識できるようにしておかないと,第三者が不測の不利益をこうむるおそれがあり,これを防止しようとするものである。たとえば,不動産物権変動においては,登記を要求することにより,当該不動産における物権の所在を明らかにしようとするわけである。
ところで,公示の原則を採用するとしても,それをもって,物権変動の成立要件や効力要件とする立法主義と,第三者に対する対抗要件にすぎないとする立法主義との二つがある。民法177条および178条は「登記」「引渡」という公示を第三者に対する対抗要件として規定している。
公信の原則とは,物権の存在を推測させるような表象がある場合には,たとえその表象が実質的権利を伴わなくても,そのような表象を信頼した者は,保護されなければならないとする原則のことをいう。たとえば,ある不動産について,実際は所有権を有していない者であっても,その人の名義で「登記」をしていた場合,その人名義の登記という表象を信頼して,つまり,登記があるのだからその人が所有者であろうと信頼して,その人から当該不動産を取得した者は保護される,すなわちその譲渡人が無権利者であっても,譲受人は有効に所有権を取得するというものである。もっとも,現行民法は,「登記」に公信力を認めておらず,動産についてのみ公信力を認めているにすぎない。その理由は,わが国においては,登記官に不動産登記の実質的審査権が付与されていない(申請された登記が実体に合致しているかどうかを調査する権限がない)ことから,表象たる登記と実体に食い違いのあることが多く,したがって,不動産取引において「公信の原則」を採用することができないのである。
では虚偽の登記名義を信頼して取引関係に入った者は,物権的にまったく保護されないのか。
② 94条2項の適用・類推適用
ア.通謀虚偽表示(94条2項)がある場合
虚偽の登記名義人と真実の所有者との間に,通謀虚偽表示(94条1項)の要件が備わっていれば,虚偽の名義人と善意で取引したものは,94条2項の「第三者」として保護される。
イ.通謀虚偽表示がない場合に,94条2項を類推適用できるか
虚偽の名義で登記にしたことについて,真の所有者が名義人の同意を得たにすぎない場合とか,実の権限もなしに勝手に不実登記を行ったような場合,「通謀」という要件を欠く。また,登記の名義を変えること自体は,虚偽の「意思表示」でもない。しかし,94条2項の類推適用により,第三者の保護を図るべきである。
その根拠は,94条2項の趣旨は,虚偽の外彩を信じて取引関係に入った第三者を保護することにある。94条2項は110条,192条などと同じく,外観法理の規定である。外観法理とは,①虚偽の外形,②本人の帰責事由,③第三者が外形を信じて取引関係に入ったという保護事由があれば,第三者を保護する法理である。本人の外形作出が「意思表示」であるか,相手方と「通謀」してなしたものかどうかは,重要でない。虚偽の外形,本人の帰責事由,第三者の保護事由があれば94条2項を類推適用できる。
以上。