田中謙次の宅建試験ブログ

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物権的請求権

物権的請求権

 

一般的な教本では、物件は物に対する排他的支配権と書かれていることが多い。もちろん、間違えではないが、一見すると物権は物に対する権利で、債権は人に対する権利という観念に固執しかねない定義である。債権も物権も理論上区分したまでの話であり、実際には混在しているのが実際であるので注意を要する。

物権的請求権はそういった理論と実際との混乱を整理しなければならない論点として現れる。

 

1 物権的請求権の意義・根拠等


(1) 意義


 物権的請求権とは、物権の内容である直接支配が侵害され、または侵害されるおそれがあるときに、その回復または保全のため、物権より生ずる請求権である。

 物権的請求権は、所有権に基づくものに限らない点に注意しなければならない。「物権」的請求権であり、「所有権」的請求権とはなっていない。地上権その他の用益物権だけでなく、不動産質権や抵当権についても一定限度で物権的請求権が認められる。さらに、特許権および専用実施権(特許法100条1項)、実用新案および専用実施権(意匠法37条1項)、商標権および実用新案権(商標法36条1項)などにも物権的請求権は認められている。また判例は、対抗力のある不動産賃借権には一定の場合に物権的請求権とくに妨害排除請求権が認められるとする。

 

(2) 根拠

 

 民法は物権的請求権に関する条文を用意せず、単に占有権に基づく占有訴権だけを規定する(197条以下)。しかし、物を直接・排他的に支配することを内容とする物権の性質から当然に認められると解されている。

 

(3) 物権的返還請求権

 

 法的に何ら正当な根拠(権原)がないにもかかわらず無権利者が物を支配する場合に、その物の占有を全面的に失っている物権者が、その物権に基づいて物の返還を請求することのできる権利である。

 物権的請求権の一種であり、所有権に基づくときは所有物返還請求権という。占有回収の訴えにほぼ対応するが、占有回収の訴えは占有が「侵奪」された場合のみ成立するのに対し、この返還請求権は占有が「侵奪」された場合に限らず、現に無権利者が違法に物を全面的に占有している場合に一般的に成立する。したがって、物権の効力に占有機能を含まないような種類の物権(地役権等)については、そもそもこの請求権は生じない。また、留置権者や質権者は占有回収の訴えのみを行使でき、留置権・質権に基づく物権的請求権を有しない(302条・353条)。

 また、占有回収の訴えは侵奪者からの善意の特定承継人に行使できない(200条2項)が、この返還請求権は何人に対しても行使することができる。

 さらに、この返還請求権については行使期間の制限はなく、消滅時効にもかからないと解されている。なおその請求権の内容、特に返還に要する費用をだれが負担するかについては見解の対立があるが、判例は原則として相手方がこの費用を負担すべきだとしている。

 物権的返還請求権は原則として物の引渡・明渡執行(民事執行法168条~170条)により実現される(ただし、平成15年改正により、間接強制も可能とされた。民事執行法173条)。

 

(4) 物権的妨害排除請求権

 

 物権の効力の妨害が物の占有以外の態様による場合に、当該妨害行為・妨害結果の排除を求める請求権であり、物権的請求権の一種である。あらゆる物権につき問題となり得るが、どのような態様の行為が排除対象となるかは物権の性質による。

 「妨害」の有無は社会通念に従って判断される。また妨害が緊急避難(720条2項)にあたるときや、「妨害」が正当な権利の行使として生じているときは、この権利は成立しない。この権利の行使が権利濫用として許されない場合もある。

 その実現方法は妨害の態様によって様々であり、代替的作為義務の場合(土地上の無権権原の建物収去など)は代替執行により(民事執行法171条。ただし、間接強制も可能。同173条)、意思表示義務の場合(無権利者の土地登記名義の末梢など)は意思表示の擬制により(民事執行法174)、それ以外の非代替的作為義務・不作為義務の場合は間接強制による(民事執行法172条)。

 

(5) 物権的妨害予防請求権

 

 物権の行使に対する妨害が現在は生じていないが、そのおそれがある場合に、物権者が、妨害の危険を生じさせている者に対して、妨害発生を予防すべき措置を請求できる権利で、物権的請求権の一種である。妨害結果が現実化する前に相手方の行為を制約する権利であり、物権の強力さに基づき特に認められるものであるが、相手方の行為の自由の観点から、侵害のおそれが具体化している必要がある。その実現方法は予想される妨害態様により異なるが、単純な不作為を求める場合(日照を妨害する建築の差止めなど)には間接強制によるが、一定の代替的な作為措置(崩壊のおそれのある隣地に係る工事など)の場合は代替執行による(ただし、間接強制も可能)。

 

2 物権的請求権の法的性質(費用負担)

 

 物権的請求権の性質については、その行使に伴う費用の負担の問題に関連し、それが相手方に返還・妨害排除・予防等の行為を求める行為請求権であるのか、権利者による権利の行使を相手方に受忍させる認容請求権であるのかをめぐって議論がある。

 

行為請求権説(従来の通説)


《結論》
 物権的請求権は、相手方の積極的行為を請求する権利であり、従って、その費用の負担も請求できるとする。この見解は、不可抗力の場合にも行為請求権を認める。
《理由》
 権利者には、原則として自救行為を認められていない以上、所有者責任主義の見地から、妨害物の所有者自身が妨害排除の責任を負うべきである。
《批判》
 同一事実について妨害排除請求と返還請求が衝突した場合にどちらが先に原告になるかによって費用の負担者が決定されるのは不合理である。

 

行為請求権修正説(我妻)


《結論》
 原則として、行為請求権を妥当としつつ、物権的返還請求に限って例外を認め、返還請求の相手方である現在の占有者が自ら占有を取得したのでない場合には、持ち去ることの忍容を請求しうるに止まるとする。
《理由》
 上記例外の場合に、相手方の費用をもってする返還請求をしうるとすることは衡平を失することであるのみならす、この場合には現在の占有者が物の支配を解いて所有者が自ら物を持ち去ることを忍容する限り、所有者の占有に対する妨害は存しないのであるから、この場合には例外として、所有者はこの相手方に対して、ただ忍容を請求しうるに止まるものと解すべきである。
《批判》
妨害排除・予防請求の場合には、不可抗力でも常に相手方が費用を負担することになるし、また返還請求においてのみ例外を認める根拠が不明である。

 

忍容請求権説(近藤、鈴木)


《結論》
 物権的請求権は、相手方に対して権利回復行為を忍容させる権利であるに止まり(費用は請求者の負担である)、ただし、場合によって不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとする。
《理由》
 物権的請求権は物権の円滑な状態を回復するための一作用に止まるものであり、物に対する追及権であって、人に対する権利ではない。
《批判》
 侵害が相手方の所有物から生じている場合には、結論の妥当性が保たれない。

 

責任説(川島、米川、舟橋)


《結論》
 行為請求か忍容請求かを、相手方の事情のいかんによって分ける説。その基準については次のように分かれる。①返還請求権の場合は相手方の善意・悪意により、妨害排除請求権の場合は相手方の過失の有無によるとする説(川島)。②返還・妨害排除請求のいずれについても、過失の有無によるとする説(末川、舟橋)。
《理由》
 人が一定の行為をなす義務を負う場合には、その者の意思に基づくことを要するとするのが、契約自由の原則、過失責任の原則の要求するところである。それゆえ、不法行為については故意過失を要するとされるが、これとの権衡からいっても、物権的請求権の場合にも故意・過失等の要件の備わることが必要である。

 

3 判例

 

 判例は、物権的請求権を相手方の積極的行為を請求する権利であるとし、その費用の負担も請求しうるとする。例えば、①借家人の転居にあたり放置していった機械の収去義務を機械の所有者に認めている(大判昭5.10.31)。また、②乙地の土砂採掘により甲の所有地が崩壊の危険状態にあった事案で、乙地の現在の所有者に妨害予防設備義務を認め(大判昭7.11.9)、さらに、③Bが乙地(畑)を田に変えるため境界線に沿って垂直に掘り下げ、甲地(畑)に崩壊の危険を生ぜしめた事案で、現在の乙地所有者に妨害予防義務を認めている(大判昭12.11.9)。

 ただ、その侵害が「自然二存スルモノ」「不可抗カニ基因スル場合」等には、特別の考慮をしているものと解されている。

 

大判昭和5年10月31日(上告棄却)


 事 実
 被上告人(控訴人、原告)ノ請求ノ趣旨ハ上告人(被控訴人、被告)ハ被上告人所有ノ家屋内ニ其ノ所有ニ係ル砕石機械ヲ据付ケテ昭和二年九月一日ヨリ三年四月末日迄家屋ヲ占有シ被上告人ノ使用収益ヲ妨ケタルヲ以テ之カ損害賠償ヲ求ムルニ在リテ係争家屋ハ訴外木口寅太郎ニ賃貸シ同人ニ於テ右機械ヲ据付ケ事業ヲ営メルモノナルモ昭和二年八月三十日賃貸借契約解除ノ上同訴外人ヨリ家屋ノ返還ヲ受ケ上告人ニ家屋賃貸借終了ノ旨ヲ通知シテ機械ノ収去ヲ交渉シタリト陳述シ之ニ対シ上告人ハ砕石機械ハ上告人ノ所有ニ属シ昭和三年四月二十一日迄被上告人ノ家屋内ニ在リタルコトハ認ムルモ該機械ハ上告人カ訴外木口寅太郎ニ賃貸シ同人ニ於テ之ヲ据付ケ家屋ノ占有使用ヲ為セルモノナルヲ以テ賃貸借終了ニ因リ機械ヲ収去シテ原状ニ回復スル義務ハ同訴外人之ヲ負ヒ上告人ノ負フモノニ非サルニ因リ其ノ収去ヲ為ササルニ因リテ生シタル損害ハ上告人ニ於テ賠償スヘキ義務ナキ旨ヲ抗弁シタリ
 原裁判所ハ右抗弁ニ付本件ハ所有権ノ侵害ニ基ク損害賠償ヲ求ムルモノナルヲ以テ訴外者ノ原状回復義務ヲ云為シテ之カ収去ノ義務ナシトシテ被上告人ノ使用収益ヲ妨ケタル責任ヲ免レ得サルモノト判示シテ被上告人ノ請求ノ一部ヲ認容シタリ
 理 由
 上告論旨ハ原判決ニヨレハ「本件係争ノ建物ハ訴外木口寅太郎ニ於テ控訴人ヨリ賃借シ其ノ建物内ニ被控訴人ヨリ賃借シタル砕石機械類ヲ備付ケテ之ヲ運転シ砕石業ヲ営ミ居リタル処右木口ハ昭和二年八月三十一日ニ在リテ木口ト控訴人間ニ右家屋賃貸借契約ハ解除セラレ家屋ハ木口ヨリ控訴人ニ返還セラレ其ノ翌九月一日控訴人ヨリ被控訴人ニ対シ右家屋賃貸借契約終了ノ事実ヲ通知シ砕石機械ヲ収去シ家屋ノ明渡ヲ求メタルモノナルヲ以テ其ノ後依然トシテ被控訴人ニ於テ引続キ右器械ヲ該家屋内ニ存在セシメタルハ正当ノ権限無クシテ不法ニ控訴人ノ家屋ヲ占有セルモノトス」ト為シ以テ被控訴人ノ仮定抗弁タル「被控訴人ニ於テ本訴家屋ニ関スル控訴人対木口寅太郎間ノ賃貸借契約終了ノ事実ヲ知リ居リタリトスルモ器械ヲ家屋内ヨリ収去シテ之ヲ原状ニ回復スヘキ義務ハ木口寅太郎ノ負担スルトコロニシテ被控訴人ハ斯ル責任ヲ負フヘキモノニアラス」トスル主張ニ対シ「本訴ハ所有権ヲ主張シ其ノ侵害ニ基ク損害ノ賠償ヲ求ムルモノナルヲ以テ木口寅太郎ニ於テ前示賃貸借契約終了ノ結果家屋ヲ原状ニ回復スヘキ義務アリシトスルモ右ハ唯賃貸借契約終了ノ効果ニ過キサルコト勿論ニシテ右ノ如キ木口寅太郎ノ原状回復義務ヲ云為シ採テ以テ被控訴人ニ於テハ器械ヲ家屋内ヨリ収去スルノ義務ナシトシ之ニ依リテ控訴人ノ使用収益ヲ妨ケタル責任ヲ排除スヘキモノニアラサルコト一点疑ノ余地ナキトコロナリ」トシテ之ヲ排斥セラレタリ之ヲ要約スレハ「本件家屋ハ控訴人ノ所有ニ属スルモノナル処被控訴人ハ其ノ所有ナル砕石器械類ヲ何等ノ権限ナクシテ家屋内ニ存在セシメ以テ控訴人ノ所有権ヲ侵害シタリ」ト云フニ至ルヘシ此ノ判示ニハ二箇ノ違法アリ即(一)被控訴人カ控訴人ノ所有権ヲ侵害シタリト為サルル状態ハ控訴人所有ノ家屋内ニ在ル被控訴人所有ノ砕石器械類ヲ収去セサルニ在リト云フモ砕石器械ヲ収去スヘキ責任ハ訴外木口寅太郎ニ在リテ被控訴人ニアルモノニアラス何トナレハ木口ハ右家屋ノ賃借人ニシテ賃貸借契約終了ノ当然ノ効果トシテ賃借物即家屋ヲ原状ニ復シ賃貸人ニ返還スヘキ義務ハ正ニ賃借人ノ負フヘキトコロナレハ即賃借家屋内ニ存在スル砕石器械類ヲ収去シ賃借家屋ヲ原状ニ復スヘキハ其ノ家屋ノ賃借人ナリシ木口寅太郎ノ責ニ属シ何等被控訴人ノ責ニ属スルモノニアラス原判決ハ此ノ点ニ関シ「斯ハ単ニ賃貸借終了ノ効果ニ過キスシテ所有権侵害トハ何等ノ関係ナキ旨」ノ説明ヲ為セリ之明ニ法律ノ解釈ヲ誤リタルモ ノナリ(二)本件砕石器械類ハ被控訴人ノ所有ナルモ訴外木口寅太郎ニ賃貸シ木口ニ於テ被控訴人所有ノ家屋内ニ設備シ使用シタルモノナルコト原判決認定ノ如シ然レハ即砕石器械ノ占有者ハ木口寅太郎ニシテ被控訴人ニアラス而モ木口対被控訴人間ノ賃貸借契約ノ終了若ハ其ノ器械類ノ占有カ被控訴人ニ移リタルコトヲ原審ハ認定セサルニ於テオヤ然ラハ即砕石器械其ノ物ニ対スル直接ニ場所的移動ヲ敢行シ即収去スヘキ何等ノ権限カ被控訴人ニ存スルコトナシ若シ之ニ反シ此ノ砕石器械類ヲ被控訴人ニ於テ直接ニ場所的移動即収去ヲ行ヒタリトセンカ是違法ニシテ被控訴人ハ木口ノ占有ヲ侵害スルノ結果ト為ルヘシ即原判決ハ違法不能ノ行為ヲ被控訴人ニ求ムル不法アルモノナリト云フニ在リ
 然レトモ家屋ノ賃借人カ他ヨリ賃借シタル機械類ヲ該家屋ニ据付ケタル場合ニ其ノ家屋ノ賃貸借終了シタルトキハ賃借人ニ於テ其ノ据付ケタル機械類ヲ撤去シ原状ニ復シテ家屋ノ返還ヲ為ス義務アルヘキコト論ナシト雖賃借人ニ於テ之ヲ撤去セス家屋内ニ放置シタル場合ニ賃貸人カ賃貸借終了ヲ事由トシ所有者ニ対シ其ノ撤去ヲ求メタルトキハ所有者ハ賃借人ニ対スル関係如何ニ拘ラス之ヲ撤去スルコトヲ要スルモノニシテ若シ所有者之ニ応セス其ノ放置スルコトニ因リテ賃貸人ノ家屋ノ使用ヲ妨クルニ至リタルトキハ所有者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スルコトヲ要スルモノト為ササルヘカラス蓋シ其ノ撤去ヲ為ササルコトニ因リテ所有者ハ家屋賃貸人ノ所有者トシテ有スル権利ヲ侵害シタルモノト為ルヲ以テナリ従テ本件ニ於テ原審カ論旨摘録ノ如ク判示シテ上告人ノ抗弁ヲ排斥シタルハ正当ニシテ原判決ニハ所論ノ如キ違法ナキモノトス
 叙上ノ理由ニ依リ民事訴訟法第四百一条第八十九条ニ従ヒ主文ノ如ク判決ス

 

大判昭和7年11月9日


 事 実
 被上告人(被控訴人、原告)ノ請求要旨ハ上告人(控訴人、被告)ハ被上告人ノ所有ニ係ル福島県石城郡平町字杉平十三番ノ一宅地三百七十七坪二合六勺ニ西接シテ同所三十一番ノ五山林七畝二十一歩ヲ有セルカ右上告人ハ昭和三年秋頃ヨリ同四年初頃迄継続シテ右山林ヨリ土砂ヲ採取搬出シタル為メ前示被上告人所有宅地ト上告人所有山林トノ境界線附近ハ全ク峙立シテ高サ五十尺ニ近キ断崖ヲ為スニ至レリ而シテ両地ノ土層ハ砂礫混リノ崩レ易キ層ナルヲ以テ被上告人ノ所有宅地及其ノ地上ニ存スル住宅ハ叙上ノ切崩シノ為底地ナル上告人所有地ニ崩落スルノ危険アリ依テ被上告人ハ其ノ危険予防ヲ求ムト云フニ在リテ上告人ノ主張ニ対シテハ仮ニ危険発生カ他人ノ行為ニ原因ストスルモ既ニ危険事実ノ存スル以上ハ所有者タル上告人ニ於テ之ヲ防止スルノ義務アリト述ヘタリ
 上告人ハ本訴三十一番ノ五ノ山林ハ上告人カ昭和三年三月十日訴外篠塚辰吉ヨリ買受ケタルモノナル処辰吉ハ其ノ所有時代ニ於テ訴外伊藤太助ニ対シ右山林中ヨリ砂利ヲ採取スルコトヲ許諾シ其ノ区域ヲ道路ニ接スル三十坪ト限定シ爾来太助ハ上告人ノ買受後タル昭和三年五、六月頃迄其ノ採掘搬出ヲ継続シタルモノニシテ上告人ハ右太助ノ本件採掘行為ヲ其ノ当時知ラス又知レリトスルモ自己所有ノ地内ニ於ケル他人ノ行動ヲ禁止スルハ上告人ノ権利ニシテ此ノ権利ヲ行使スル義務ヲ負フモノニ非スト答弁シタリ
 原裁判所ハ土地ノ所有者ハ隣地所有者ニ損害若ハ危険ヲ与ヘサル様相当ノ注意ヲ為スヘキモノニシテ斯ル損害又ハ危険ノ発生カ第三者ノ行為ニヨリ為サレタリトスルモ其ノ危険ヲ予防スヘキ義務ヲ負フモノナリト解シ上告人ノ主張ヲ排斥シタリ
 主 文
 本件上告ハ之ヲ棄却ス
 上告費用ハ上告人ノ負担トス
 理 由
上告理由第一点ハ原判決ハ第一審判決ノ「被告ハ原告ニ対シ被告所有ニ係ル福島県石城郡平町字杉平三十一番ノ五山林ト原告所有同所十三番ノ一宅地トノ境界ニ接シ右宅地ニ対スル危険予防ノ為基礎土台布設石積法勾配五分下部法高十三尺ノ内六尺七寸ハ石控一尺五寸法高六尺六寸ハ石控一尺二寸ノ裏間詰コンクリート使用上部法勾配四分法高六尺四寸ノ石控一尺二寸空積トス尚上部平均法高二十六尺五寸ハ土羽搗固メ柳串シ施行ノ法勾配六分ト為ス方法ニヨリ工事ヲ為スヘシ」トノ主文ヲ是認シ控訴棄却ノ判決ヲ為シタリ然レトモ右主文ニテハ(一)上ノ幅員何程下ノ幅員何程ノ工事ヲ為スヘキヤ幅ノ関係明瞭ナラス(二)右判決主文ノ「境界ニ接シ」トハ境界ヲ中心トシ之ニマタカリテ為スヘシトノ意カ将又被上告人地内テ為スヘシトノ意カ上告人ノ地内ニテ為スヘシトノ意カ不明ナリ(三)加之本件ニ於テハ境界其ノモノニ争ヒアリ被上告人ハ検証調書図面ノ(2)乃至(4)ニ至ル線カ境界ナリト云ヒ上告人ハ杉立木ノ西外側ニ沿ヘル(5)(6)(7)ノ線ナリト云ヒテ確定セサルニヨリ(検証調書参照)何レノ箇所ニ施行スヘキカ不明ナリ(四)又如何ナル品質単価ノ材料設計ニ依リ為スヘキヤ全ク不明ナリ(五)仮ニ工事ノ幅員ハ境界ノ長サヲ限度トスル意ナリトスルモ南北ノ境界就中北方ノ幅員ヲ何レノ地点迄施行スヘキカ不明ナリ(六)検証調書並附属図面ニ依ル断崖ヨリ被上告人主張ノ境界迄北部十九尺南部八尺アリ斯ル状態ニ於テ境界ニ接シテ石垣工事ヲ為サントセハ更ニ掘進マサルヲ得サルニ至リ斯クスルコトハ北方ノ隣接土地ヲ危険ニサラスノ不当ヲ結果スルノミナラス更ニ掘進ムカ如キハ無用ノコトヲ為サシムルモノナリ以上ノ如クニシテ原判決ノ主文ニテハ工事ノ施行方法場所範囲等不明不確定ナレハ之ニ遵ヒ工事ヲ施行スルニ由ナキノミナラス不当ノ結果ヲ生スルヲ以テ原判決ハ不当ノ判決ナリト云フニ在リ
然レトモ原判決ノ是認シタル第一審判決主文ハ上告人ハ被上告人ニ対シ上告人ノ所有セル福島県石城郡平町字杉平三十一番ノ五山林ト被上告人所有ノ同所十三番ノ一宅地トノ境界ニ接近セル部分ニ存スル上告人所有地内ノ断崖ニ判示ノ工事ヲ為スヘシトノ趣旨ニシテ境界線上ノ其ノ工事ヲ為スヘシトノ趣旨ニ非サレハ実地ニ臨ムニ於テハ工事ヲ為スヘキ場所ハ容易ニ之ヲ知リ得ヘク論旨ノ内(一)(二)(三)(五)ノ不明存スルコトナク又(六)ニ記載セル無用ノ工事ヲ命シタルモノニモ非ス又工事ニ使用スヘキ材料ノ単価ハ相場ノ変動アルヘキヲ以テ特ニ判文中ニ之ヲ示ササリシモ此ノ種ノ工事ニ普通使用セラルル材料ヲ以テ設計スヘキコトヲ命シタルモノト解シ得ヘキカ故ニ(四)ノ不明モ亦存スルコトナク論旨ハ総テ採用スルニ足ラス
上告理由第二点ハ物権カ事実上ノ内容ニ適合セサル状態ヲ生シ又ハ生スル虞アルトキハ妨害者ニ対シ妨害ノ停止除去予防ヲモ求メ得ヘク人ハ他人ノ権利ヲ妨害セサル不作為ノ義務ヲ負ヒ而シテ其ノ行為ニシテ違法ナル限リソレカ故意過失ニ基クコトヲ要件トセサルモノナリトノ法理ヲ是ナリトスルモ斯ル他人ノ権利尊重ノ義務ハ単ニ侵害セステフ消極的義務不作為ノ義務ニ止マリ積極的ニ権利者ヲ保護スル施設ヲ為ス義務ヲ負ハス又他人ノ所有権尊重ノ義務ハ自己カ隣地ノ土地ノ所有権占有権ヲ取得スルト同時ニ負担スルコトハ勿論ナリト云ヘ其ノ義務ハ妨害行為ヲ避止スルノ義務ニ止マリ進ンテ自己ノ前所有者占有者ノ為シタル違法ノ結果ヲモ除去シ之ニ基ク危険ヲモ予防スルノ責任ヲモ有スルモノニ非ス此ノ義務ハ民法第二百条カ占有回収ノ訴ヲ其ノ物ノ特定継承人ニ対シ許ササルヨリモ輙ク看取スルコトヲ得今ツラツラ本件関係ヲ見ルニ上告人ハ昭和三年三月十日被上告人ノ土地ト隣接セル本件土地ヲ訴外篠塚辰吉ヨリ買受ケタルトコロ辰吉ハ其ノ所有当時訴外伊藤太助ニ土ヲ掘崩搬出スルコトヲ許容シ置キタル為伊藤太助ハ上告人カ所有権ヲ取得シタル後ニ渉リ掘崩シテ被上告人ノ土地ニ危険ヲ及ホシタリト云フニアリテ被上告人ノ土地ニ危険ヲ及ホシタリトスルモ主トシテ前所有者篠塚辰吉時代ニシテ又之ヲ生セシメタルハ訴外伊藤太助ナリ上告人ハ本件土地ヨリ遠隔ノ長野市ニアリ然モ此ノ土地ハ篠塚辰吉ニ対スル債権ノ為押付ケラレタルモノナレハ土地ヲ見分シタルコトスラナク土砂ノ搬出行為ニハ毫モ関与セサリシ事実ニアルモノトス然ルニ原判決ノ引用スル第一審判決ハ「然ラハ被告昭和三年三月十日該山林ヲ訴外篠塚辰吉ヨリ買受ケ其ノ所有権ヲ取得シタル以上其ノ後訴外伊藤太助カ仮令前所有者ト為シタル契約ナリトスルモ該山林中ヨリ土砂ノ掘崩及其ノ運搬ヲ中止セシメ若ハ其ノ他相当ノ方法ヲ講シ原告ノ所有地ノ崩壊スヘキ危険発生ヲ未然ニ防止セサルヘカラサルコトハ敢テ特別ナル反対ノ法令等存セサルカ故之カ防止ノ義務アルニ拘ラス何等其ノ防止ノ方法ヲ講セス訴外伊藤太助ノ掘崩運搬ニ放任シ以テ原告所有地ノ崩壊スヘキ危険ヲ発生セシメタルモノナレハ危険除去ニ関シ相当ノ防備ヲ為スヘキ義務アルヤ勿論ナリトス」ト説明シ又原判決ハ「原審証人伊藤太助ノ証言ニ依レハ該掘崩行為ノ為セルハ同人ニシテ控訴人ノ関知スル所ニ非ス而シテ右伊藤太助ノ掘採ハ被控訴人ノ前主篠塚辰吉ノ許諾ヲ得タルニ基因シ其ノ期間ハ大正十三年五月ヨリ昭和三年六七月頃迄継続シ爾後ハ之ニ牽連シテ訴訟事件アリタルカ為掘採ハ中止シタレト昭和四年頃迄ハ猶依然トシテ既ニ堀採セル土砂ノ搬出ヲ為シ居レル事実ヲ認ムヘシ云々隣地所有者ニ損害若ハ危険ヲ与ヘサル様相当ノ注意ヲ為シテ自己ノ所有地ヲ占有保管スヘキ義務アリ従テ土地所有者ハ第三者カ斯ル危険ヲ導クヘキ行為ヲ為スヲ差止ムヘキ義務ヲモ当然ニ負担シ云々而シテ此ノ保管義務ハ土地所有者カ前記ノ如キ第三者ノ行為ヲ知ラサルカ故ヲ以テ該危険発生カ不可抗力ニ基カサル限リ当然ニハ免脱セラルヘキモノニアラス又既ニ生シタル危険ノ予防義務ハ土地所有権ト共ニ物権的ニ転々スルモノト解スヘキモノナルノミナラス云々」ト説明シテ前所有者時代ヨリ第三者ニヨリ醸サレタル結果ニ対シ予防工事ヲ為スヘキヲ命シタルハ物権ニ対スル義務ハ単ナル不可侵ノ義務不作為ノ義務ニ止マルヘク自己ノ不作為義務違反ヨリ生スル悪結果ヲ除去シ予防スル義務ハアルモ進ンテ前所有者時代ノ悪結果第三者ノ為シタル悪結果ニ対スル防止ノ義務ハナキニ拘ラス之ヲモ認メ且一部論者ノ客観的ニ違法ナル自己ノ不作為義務違反ニ付テハ故意過失ナクトモ責任アリトノ法理ヲ履キ違ヘテ遂ニ第三者ノ為シタル違法状態ヲモ除去シテ権利者ヲ保護スヘキ積極義務ヲ認メ前所有者ノ故意過失ニヨリ生シタルモノニ付テモ客観的ニ違法ナル状態ノ継続スル限リ其ノ現在ノ違法状態ヲ避止スヘキ責任アリトノ法理ヲ誤解シテ前所有者ノ義務違反ヨリ生シタル悪結果ヲモ譲受人カ除去シ予防スル責任アルカ如ク説明シ此ノ前提ノ下ニ本訴請求ヲ認容シタルハ法律ノ解釈ヲ誤リ且理由不備ノ違法アルト共ニ前所有者ノ責任ニ属スル違法状態ト上告人占有中ノ違法状態トノ範囲限界ヲ明確ナラシメテ事件ヲ処理セサリシハ審理不尽ノ違法アルモノナリト云ヒ同第七点ハ原判決ハ理由ニ於テ「土地所有者ハ(中略)該土地ヲ占有シ之カ使用収益処分ヲ為シ得ルト同時ニ隣地所有者ニ損害若ハ危険ヲ与ヘサル様相当ノ注意ヲ為シテ自己ノ所有地ヲ占有保管スヘキ義務アリ従テ第三者カ斯ル危険ヲ導クヘキ行為ヲ為スヲ差止ムヘキ義務ヲモ当然ニ負担シ此ノ義務違反ハヤカテ右ニ所謂隣地所有者ノ保管義務違反ト為スヘク云々」ト説明シテ上告人ノ抗弁ヲ排斥シタルモ吾民法ノ相隣者ノ義務トシテ規定スルモノハ自己ノ土地所有権行使ノ制限ニ止マリ判示ノ如ク隣地所有者ニ損害若ハ危険ヲ与ヘサル様注意シ又ハ第三者カ斯ク危険ヲ導クヘキ行為ヲ為スヲ差止ムヘキ義務ヲ負担スルモノニアラス従テ斯ル法律ノ誤解ノ下ニ被上告人ノ請求ヲ認容シ上告人ノ抗弁ヲ排斥シタルハ法律ニ違背シタルカ理由ニ不備アルモノナリ又民法ノ相隣者ノ義務ハ自己ノ土地所有権行使ノ制限ニ止マリ原判決ノ如キ危険ヲ防止スル為石垣ヲ築造スル義務ハ認メス仮ニ本訴カ相隣者ノ義務ヲ基礎トセス土地所有権ニ基ク不作為ノ訴ナリトスルモ不作為ノ訴ニ依リテハ読ンテ字ノ如ク不作為ヲ求メ得ルニ止マリ積極的ニ石垣ヲ積ムカ如キ行為ヲ為サシムルヲ得ス又実体上ニ於テモ特ニ契約ナキ限リ斯ル義務ハ負ハス原判決カ何等特別ノ事由ヲ説明セスシテ上告人ニ石垣ノ築造ヲ命シタルハ法律ニ違背シタルカ理由ニ不備アルモノナリト云ヒ同第八点ハ原判決ノ引用スル第一審判決ハ上告人ノ抗弁ヲ排斥スル理由トシテ「抑所有権トハ(中略)他人ノ権利ニ抵触セサル範囲内ニ於テノミ自由ニ其ノモノヲ処置スル権利ナリト謂ハサルヘカラス仍テ其ノ所有権行使ニ関シ他人ノ権利ヲ侵害シ若ハ侵害スヘキ危険発生シタルトキハ特別ノ法令等存セサル限リ其ノ被害者ニ対シ之カ損害ヲ賠償シ若ハ危険ヲ除去セサルヘカラサルノ義務ヲ負担ス云々」ト説明セリ此ノ説明ニ依レハ所有権ノ行使ニ当リ他人ノ権利ヲ侵害スルトキハ之ニ依リテ生シタル損害ヲ賠償シ危険ヲ除去セサルヘカラスト云フニ在ルカ故ニ自己カ何等ノ権利ノ行使ヲ為サス消極的状態ニアル場合ニハ責任ヲ負担セサルモノト解セサルヘカラス然ルニ判示ノ後段ニハ「訴外伊藤太助カ仮令前所有者ト為シタル契約ナリトスルモ該山林中ヨリ土地ノ掘崩及其ノ運搬ヲ中止セシメ若ハ其ノ他相当ノ方法ヲ講シ原告所有地ノ崩壊スヘキ危険発生ヲ未然ニ防止セサルヘカラサルニ(中略)拘ラス危険ヲ発生セシメタルモノナレハ之カ危険除去ニ関シ相当ノ防備ヲ施スヘキ義務アルヤ勿論ナリトス」ト云ヒ上告人ノ権利行使ニ基クニアラス全然第三者ノ為シタル行為ニ基ク結果ニ対シ責任ヲ認メタルハ其ノ説明前後矛盾シ理由ニ齟齬アルト共ニ法律ニ違反セル裁判ナリト云フニ在リ
然レトモ判示ノ如ク土砂ヲ掘採シ隣地ノ崩壊ヲ来タス虞アル危険ナル状態ヲ作為シタルトキハ其ノ土砂ノ掘採カ前所有者ノ時代ニ為サレタルト将タ又現所有者ノ時代ニ為サレタルトヲ問ハス又其ノ掘採カ現所有者ニ依リテ為サレタルト将又前所有者其ノ他ノ第三者ニ依リテ為サレタルトニ論ナク現所有者カ其ノ危険ナル状態ヲ其ノ儘ニ放置シテ顧ミサルハ隣地ノ所有権ヲ侵害スルモノナルヲ以テ之カ予防ニ必要ナル設備ヲ為スノ義務アルモノト謂ハサルヘカラス然レハ原判決カ現所有者タル上告人ニ対シ判示ノ予防工事ヲ為スヘキコトヲ命シタルハ正当ニシテ論旨ハ総テ理由ナシ
上告理由第三点ハ元ト本件上告人所有ノ土地ハ被上告人所有ノ土地ノ西方ニ位セル藪ニシテ元ト元ト両者ノ土地ニ数十尺ノ高低ノアリ傾斜ノアリタルコトハ本件記録ニヨリ明瞭ナリ従テ被上告人ノ土地ハ其ノ元来ノ性状ニ於テ危険ナル土地ト云ハサルヘカラス今本件ニ於テ上告人所有ノ土地カ掘鑿セラレタルカ為原判決ノ命スルカ如キ一千八百余円ヲ要スル堅固ナル危険予防工事ヲ為スニ於テハ被上告人トシテハ之カ為却テ不当ノ利得ヲ得ルニ至ル危険行為其ノモノカ上告人ノ地内ニ於テ行ハレタル為ナリトハ云ヘ高価ナル工事ノ結果カ元来ノ自然ノ状態ヨリヨリ以上ノ地位ニ被上告人ノ土地ヲ為スコトハ何人モ否定シ難キトコロナリ而モ危険行為其ノモノカ生シタルハ両者ノ土地ニ自然ニ高低アルコトニ職由スルコトモ否ミ難キトコロニシテ又危険行為ヲ為シタルモノハ第三者ニシテ而モ上告人ノ前所有者時代ニ行ハレタルモノ多キニ居ル事情ニアリ被上告人ノ之等ノモノニ対スル賠償請求ノ途ナキニアラサル本件ノ如キ事案ニ於テハ私法ヲ貫流スル公平ノ原則上上告人ノミノ負担ニヨリ予防工事ヲ為サシムルハ酷ナリト云ハサルヘカラス殊ニ本件上告人所有ノ土地ハ価格僅カニ四、五百円ノモノニ過キス之ニ課スルニ一千八百円余ノ工事ヲ以テスルカ如キハ思ハサルノ甚タシキモノト云ハサルヘカラス民法二百二十六条カ「囲障ノ設置保存ノ費用ハ相隣者平分シテ之ヲ負担ス」ト規定シタルカ如キハ実ニ此ノ相隣者ノ関係ハ互譲ノ精神ヲ以テ公平ニ処置セサルヘカラサルヲ具体的ニ明示セルモノト謂ハサルヘカラス上告人カ原審ニ於テ叙上公平ノ法則ニヨリ処置セラルヘキコトヲ既ニ主張シタルコトハ原審ニ於テ陳述シタル昭和六年十二月三日附準備書面ノ第四、第五、第六ノ記載ニヨリ明瞭ナリ然ルニ原審ハ思ヲ★ニ廻ラス此ノ抗弁ニ付何等排斥ノ理由ヲ掲クルトコロナク被上告人ノ請求全部其ノ儘ヲ認容シタルハ理由不備ノ違法アルト共ニ法則ニ違背シ且審理不尽ノ違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ原判決ハ判示土砂ノ掘鑿ナカリセハ被上告人所有者ノ土地ハ崩壊ノ虞ナク其ノ掘鑿アリタルカ為ニ崩壊ノ危険ヲ生スルニ至リタリトノ事実ヲ確定セルモノト解スヘキカ故ニ前点ニ付説明シタル理由ニ因リ上告人ハ判示ノ予防工事ヲ為スヘキ義務ヲ有スルモノト謂フヘク又工事費比較的多額ニ上ルトテ単ニ此ノ一事ニ因リ上告人ハ右ノ義務ヲ免ルヘキ理由ナク従テ原判決ニハ所論ノ違法存スルコトナク論旨ハ採用セス
上告理由第四点ハ上告人ハ原審ニ於テ「而モ辰吉ノ許シタル前述区域ハ之ヲ掘崩スモ原告所有地ニ危険ヲ及ホスコト絶対ニナキノミナラス実際ニ於テモ原告所有地ノ境界ヨリ二間乃至三間ノ距離ヲ存シ且適当ノ傾斜ヲ保チテ掘崩シアリ殊ニ右土地ハ小石交リノ粘土質ニ成リ崩壊ノ憂全ク之無キモノナリ」ト主張シタルコト原判決ノ引用スル第一審判決ノ事実摘示ノ如クニシテ之ニ対スル原判決ノ引用スル第一審判決理由ハ「次ニ右原告宅地ノ西北方ナル境界ニ近接セル右被告山林地内ノ断崖ノ直高平均四十六尺而モ最モ急勾配ニシヲ土質ハ砂利及砂利交リノ層ナルヲ以テ将来高台ナル右原告宅地カ低地ナル被告ノ右山林地内ヘ自然崩壊スルノ危険アルコトハ鑑定人小林清吉ノ鑑定ニ依リ之ヲ認ムルコトヲ得ヘシ」ト説明セリ因テ右鑑定人ノ鑑定書ヲ検スルニ判示ノ如キ高急低勾配土質ノ層ナルヲ以テ自然ニ崩潰スルモ十三番ノ被上告人ノ宅地ニ影響スルハ数十年後ノコトニ属スト云フニ在リテ現時危殆ニ瀕セリト云フ鑑定ニアラス飜テ権利者カ他人ニ危険ノ予防ヲ求ムルニハ現ニ其ノ権利カ危険ニ瀕セルヲ要シ数十年後ニ自己ノ権利ニ影響スル虞アルノ状態ニテハ未タ以テ権利妨害ノ虞アルモノト云フヲ得ス将又数十尺ノ自然ノ高低アルノ故ヲ以テ直チニ危険ニサラサレ居ルモノト速断スルヲ得ス本件土地ニ高低アルコトハ自然ノ性状ニシテ検証調書ニヨルモ被上告人ノ宅地ハ既ニ自然ノ地形県道ヨリ著シク高キ地盤ニ存シ上告人ノ地盤ハ傾斜地ヲ為シテ之ニ接ストアリ権利妨害ノ虞アルヤ否ハ当該土地元来ノ自然ノ形状並時間ノ関係ニ鑑ミテ判断セサルヘカラス人口稠密ノ平地ニ於テ突然数十尺ノ断崖ヲ生セシムルハ或ハ権利妨害ノ虞アリト云ヒ得ヘケンモソレカ既ニ元来ノ傾斜地タルニ職由スルトコロアルニ於テハ之ヲ以テ危殆ニアルモノト云フヘカラス時間ノ関係ニ於テモ有為転変ノ世ノ中ニ於テ数十年ノ中ニハ双方ノ所有者共ニ権利ノ転展モアリヌヘシ故ニ土地ニ断崖アルモ数十年後ニ或ハ生スルコトアル危険ハ現在ニ於テハ寧ロ★憂ニ近シ結局原判決ノ認定ハ虚無ノ証拠ニヨリテ権利妨害ノ虞アリト判断シタルモノニシテ理由不備ノ違法アルト共ニ法則ノ誤解若ハ審理不尽ノ違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ小林清吉ノ鑑定書ヲ熟読スルニ天変地異ナクトモ本件土砂掘鑿ノ為ニ隣地ハ数十年後ニハ必ス崩壊スヘキ旨鑑定セルモノニテ現在ニ於テハ全然其ノ危険ナシトノ趣旨ニ非サルノミナラス其ノ全文ヲ通読スレハ必スシモ之ニ依リテ原審認定ノ如ク土砂掘鑿ノ為現ニ隣地崩壊ノ虞レ生シ居レルモノト認メ得サルニ非ス故ニ論旨ハ理由ナシ
上告理由第五点ハ上告人ハ原審ニ於テ本件掘採ニヨリ危険ヲ生セシメタルモノハ訴外伊藤太助ニシテ上告人ニアラス上告人ハ危険ノ発生ニ故意過失ノ責任ナシト主張シタルコトハ原判決並原判決ノ引用スル第一審判決ノ事実摘示及昭和六年十二月三日附準備書面ニ依ル陳述ニヨリ明ナリ因テ此ノ点ニ関スル原判決ノ説明ヲ見ルニ「隣地所有者ニ損害若ハ危険ヲ与ヘサル様相当ノ注意ヲ為シテ自己ノ所有地ヲ占有保管スヘキ義務アリ云々」ト謂ヒ或ハ「土地所有者カ前記ノ如キ第三者ノ行為ヲ知ラサルカ故ヲ以テ該危険発生カ不可抗力ニ基カサル限リ当然ニ免脱スヘキモノニ非ス云々」ト謂ヒ又原判決引用ノ第一審判決ハ「訴外伊藤太助カ仮令前所有者ト為シタル契約ナリトスルモ該山林中ヨリ土砂ノ掘崩及其ノ運搬ヲ中止セシメ若ハ其ノ他相当ノ方法ヲ講シ原告所有地ノ崩壊スヘキ危険発生ヲ未然ニ防止セサルヘカラス」ト云ヒ原判決ノ見解カ上告人ノ責任ノ基礎ヲ結果責任ニ於ケルカ過失責任ニ於ケルカ其ノ理由不備ニシテ不明アラサレハ矛盾セルカ仮ニ結果責任ヲ負ヘルモノトノ説明ナリトセハ法律ヲ誤解セルモノト謂ハサルヘカラス(一)蓋過失ナケレハ責任ナキハ民事法ノ大原則ニシテ他人ノ権利ニ対スル不可侵義務ニ付テモ之ヲ同様ニ解セサルヘカラス人ハ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ他人ノ権利ヲ尊重セサルヘカラサルモソレ以上ノ責任ヲ以テ人ニ待ツハ却テ人類行動ノ自由ヲ束縛スルニ至ル従テ原判決カ「第三者ノ行為ヲ知ラサルカ故ヲ以テ該危険発生カ不可抗力ニ基カサル限リ」責任アリト断シテ此ノ前提ノ下ニ被上告人ノ請求ヲ許容シ右第三者伊藤太助ノ行為カ上告人ノ有責行為ニ基因スルヤ否善良ナル管理者ノ注意ヲ以テシテ猶同人ノ行為ヲ避止セシメ得サリシヤ即同人ノ行為ハ不可抗力ニアラサル学者ノ所謂事変ノ一種ニアラサリシヤニ想倒セサリシハ法律ヲ誤解シタルカ又ハ上告人ノ抗弁ノ趣旨ヲ誤解シタルニヨルモノト認ムヘシ(二)若シ原審ノ説明ハ過失ナケレハ責任ナシト云フ前提ニ立テリトセハ上告人ノ抗弁ニ対スル排斥理由ヲ遺脱シ且此ノ点ノ審理ヲ尽ササリシモノナリ尤モ第一審判決ノ理由中ニハ「云々何等其ノ防止ノ方法ヲ講セス訴外伊藤太助ノ掘崩運搬ニ放任シ以テ原告所有地ノ崩壊スヘキ危険ヲ発生セシメタルモノナレハ云々」トノ説明アリト雖此ノ判断ヲ為シタル証拠ヲ掲ケサルヲ以テ此ノ判示ハ全然証拠ニ基カサル憶測ニ止マルノミナラス此ノ説明ニテハ未タ以テ上告人ノ抗弁ニ対スル説明ヲ尽シタルモノトモ云ヒ得ヘカラス且被上告人ハ自己ノ立証責任ニ属スル此ノ点ノ上告人ノ過失ノ主張モ立証ヲモ為ササリシコトハ記録ニヨリ明ナレハ本訴ハ直ニ棄却セラルヘキ筋合ノモノナリ結果原判決ハ法則ニ違反シ理由不備審理不尽等ノ違法アルモノナリ「或ハ将来ノ危険ニ対スル不作為ノ訴ニ於テハ過失ヲ要件トセス違法状態ニシテ現在セハ訴ヲ維持スルニ足ル」ト主張スルモノアリ蓋将来ノ危険ニ付過失ナキノ故ヲ以テ権利者ヲシテ継続スル侵害ヲ耐忍セサルヘカラサラシムルハ権利者トシテ耐フヘカラサルトコロニシテ又義務者ノ側ヨリ見レハ将来ノ加害ノ避止ハ容易ナルモ過失ノ損害ノ回復ハ容易ナラサルヘク又凡ソ人事ニ於テハ既ニ生シタル結果ニ対シテハ之ニ臨ムニ寛仁ノ態度ヲ以テセサルヘカラサルモ将来ノ危険ノ避止ニ付テハ厳ナルヲ要スルニヨリ不作為ノ訴ニハ過失ヲ要件トセサルモノナルヘシ飜テ本件ヲ見ルニ本件ノ危険ハ先ニ説明ノ如ク悉ク過失ノ行為ノ結果ニ基クモノニシテ請求ノ実質ハ過去ノ加害ノ回復除去ニ外ナラス反覆セントスル侵害反覆ノ虞アル危険ニ対スル不作為ヲ目的トスルモノニアラサルヲ以テ原判決カ過失ヲ認定セスシテ本件ヲ認容シタルハ不法ナリ又本件ノ訴カ学問上ニ所謂不作為ノ訴ト認ムヘキモノトセハ不作為ノ訴ハ加害カ継続スルカ若ハ将来加害カ行ハルル虞アル時ニノミ許サルヘキモノナリ本件請求ノ実質ハ畢竟過去ノ悪結果ノ排除ニ止マルヲ以テ不作為ノ訴タル本訴ハ許サルヘキモノニアラス之ヲ認メンニハ上告人ノ行為ニ依ル加害ノ継続若ハ加害ノ虞アルコトヲ認定セサルヘカラサルニ斯ル認定ヲ為サスシテ漫然被上告人ノ請求ヲ認容シタルハ不法ナリ結局原判決ハ法則ニ違背シ理由不備審理不尽ノ違法アルモノナリト云フニ在リ
然レトモ判示ノ危険状態カ自然ニ存在スルモノニ非スシテ人工ニ因リ作為セラレタルモノナル以上現所有者カ之ヲ其ノ儘ニ放置スルハ隣地ノ所有権ヲ害スルモノニシテ之カ予防工事ヲ為スノ義務ヲ負担シ其ノ危険状態ノ発生ニ付故意又ハ過失ノ存否ハ之ヲ問フヘキモノニ非ス原判決ヲ通読スルニ右ト同一見解ヲ持セルモノナルコト明ニシテ所論ノ違法ナキカ故ニ論旨ハ採用セス
上告理由第六点ハ原判決ノ引用スル第一審判決ノ理由ニハ「右山林ノ東南方ニ接スル同所十三番ノ一宅地カ原告ノ所有地ナルコトハ被告ノ弁論ノ全趣旨及証人山崎金作 花沢久一郎ノ各証言ニ徴シテ之ヲ認ムルヲ得ヘク」トアルモ上告人ノ弁論ノ全趣旨ニ徴スルモ右土地カ原告所有タルコトヲ認メタル事跡ナク又援用ノ証言中ノ何レニモ右土地カ原告ノ所有タルコトヲ認メ得ヘキ資料ナキヲ以テ原判決ハ虚無ノ証拠ニヨリテ事実ヲ認定シタルモノニシテ理由不備ノ違法アリト云フニ在リ
然レトモ原審口頭弁論調書ヲ査スルニ当事者双方共第一審ニ於ケル検証ノ結果ヲ援用セルニ因リ其ノ調書ヲ通読スルニ所論ノ事実ハ当事者間ニ争ナカリシモノト認メ得ヘキカ故ニ論旨ハ理由ナシ
以上説明ノ如ク上告ハ理由ナキニヨリ民事訴訟法第三百九十六条第三百八十四条第九十五条第八十九条ニ則リ主文ノ如ク判決ス

 

4 物権的請求権の内容

 

(1) 所有権

 

 所有権は、ある物に対する全面的・排他的な支配を内容とする物権であるから、占有の取得はもちろんそのような全面的支配を妨害し、また妨害するおそれのある行為はすべて物権的請求権の対象となる。たとえば、日商の妨害により不動産の通常の使用が困難になれば、そのような行為は不動産の支配を妨害していることになる。

 

(2) 占有権

 

 占有権に基づく占有訴権(占有保護請求権とも呼ばれる)は、占有権を物権の一種として位置付けるとすれば、物権的請求権の特殊な一形態と考えられる(内田貴民法Ⅰ第三版」411頁(2005))。

 

(3) 用益物権

 

 地上権・永小作権に基づく請求権は、ともに占有を内容とする物権であり、その内容は概ね所有権に基づく請求権と一致する。ただ、当該物権は一定の目的の下に物を支配できる権利であるので、その目的如何によってある行為がその物権の妨害と考えられるか否かが異なる余地はあろう。たとえば、隣地の騒音は詠小作権に対する妨害を構成しないと解される余地がある。
 地役権は占有の権原とはならないので、原則として返還請求権は認められない。ただ、抵当権に関する判例に鑑みれば、承益地所有権が地役権に対する侵害が生じないように承益地を適切に維持管理することが期待できないような例外的場合には、地役権者が承益地の占有者に対して直接その明渡しを求めることもできよう。


(4) 担保物権


① 留置権

 

 留置権は占有の喪失により消滅するので(民法302条)、返還請求権はなく(占有回収の訴えにより占有を回復できるに止まる)、妨害排除・予防請求権のみが認められる。

 

② 動産先取特権

 

 動産先取特権留置権と同様である。

 

③ 一般先取特権

 

 一般先取特権は、特定物に対する個別の権利ではないので、物権的請求権は生じない。ただし、登記された場合に当該物件については認める余地がある。

 

④ 質権

 

 質権は占有を伴う担保権であるので、原則として返還請求権を含むすべての物権的請求権が成立する。ただし、動産質権者は、質物の占有を奪われた場合に占有回収の訴えによってのみ質物を回復できるとされているため(民法353条)、質権自体に基づく返還請求権の可否については議論がある。さらに、権利質についても、当該権利が物の占有を伴わないもの(債権・知的財産権等)の場合は妨害排除・予防のみが認められる。


⑤ 抵当権


 抵当権は非占有担保物権であるので、原則として妨害排除・予防請求権のみが問題となる。いかなる場合に抵当権に対する妨害が観念できるかについては、第三者の占有による妨害につき判例がある。

 

最大判平成11年11月24日 第53巻8号1899頁

 

判示事項

 一 抵当権者が抵当不動産の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することの可否
 二 抵当権者が権利の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができるとされた事例

裁判要旨
 一 第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手続の進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対して有する右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を保全するため、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができる。
 二 建物を目的とする抵当権を有する者がその実行としての競売を申し立てたが、第三者が建物を権原なく占有していたことにより、買受けを希望する者が買受け申出をちゅうちょしたために入札がなく、その後競売手続は進行しなくなって、建物の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となる状態が生じているなど判示の事情の下においては、抵当権者は、建物の所有者に対して有する右状態を是正するよう求める請求権を保全するため、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使し、所有者のために建物を管理することを目的として、不法占有者に対し、直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができる。
(一、二につき補足意見がある。)

 

最判平成17年03月10日(建物明渡請求事件)

 

判示事項
 1 所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合
 2 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することができる場合
 3 第三者による抵当不動産の占有と抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有無

判決要旨
 1 抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても、抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり、その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる。
 2 抵当不動産の占有者に対する抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、当該占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる。
 3 抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。

 

以上。

 

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