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意思主義理論と民法94条

意思主義理論と民法94条

 

我が国の民法明治維新の後に作られたフランス民法の翻訳版を改正して作られたものである。欧州で興った近代革命の思想が我が民法にも息づいている。近代革命は自由な意思に基づく個人主義自由主義と資本主義がその根本ポリシーとされた転換期であった。

このポリシーが色濃く現れているのが、意思理論と呼ばれるものである。


1 はじめに

 

 近代化は、産業革命フランス革命・アメリカ独立宣言などを契機に、長い時間をかけての変革であった。場所・時により、市民革命が発端となった国、武力による威嚇等外圧が発端となった国、産業の発展により自然に移り変わった国などさまざまである。その過程はそれぞれであるが、世界の国の多くは、ある程度共通した近代のルールを共有していると言えよう。その一つが、自由意思である。
 憲法という枠組みで語られた場合は、個人主義・個人の尊重・価値相対主義などいろいろな言葉で表現されるが、誤解を畏れず極言すれば、「自己の自由意思により自分の人生を選択する自由」を最大限尊重されるべきであるとするのが、基本権であると言えよう。憲法の文言では、「個人の尊厳」「生命・自由・幸福追求に対する国民の権利」である。
 民法という枠組みで語られた場合は、意思主義ということになる。もちろん民法といえども、家族法の分野においては自由意思が法的効果を生ずるすべてとは言い難いが、財産法においては、原則として、自由意思とその表示を中核に据え、法的効果発生の重要な要素とされていることは明らかである。契約自由の原則なる帰結は、この自由意思が故であることも論をまたない。
 刑法という枠組みで語られた場合は、責任主義ということになる。その一番典型的な表れとしては、心神喪失者の行為が処罰の対象にならないこと、犯罪を犯す意思のない行為は罰しないとする点である。責任なければ刑罰なしとの責任主義の標語は、まさに自由意思を前提とした帰結となる。
 自由意思を法の基本的な建前とする近代法を真に理解するためには、この自由意思とその法的効果を研究しなければならない。ここでは、民法94条および同条2項を例に、意思主義理論のこれまでの学説・判例をまとめることにしたい。

 

2 意思主義理論・表示主義理論

 

(1) 意思理論

 

 意思理論(意思ドグマ、意思教説)とは、「法律効果を生ぜしめるべき旨の意思が表示されれば、法秩序は、行為者が欲したがゆえに法律効果を発生せしめる」という考え方をいう。法律行為概念のこのような理解は、私的自治の原則(個人意思自治の原則)に立脚し、「意思」に基づいて法律関係を体系的・統一的に説明しようとする「信念」あるいはイデオロギーである。意思理論は、意思の欠缺・瑕疵ある意思表示の取り扱いのほか、意思能力の観念とも密接に結びついて、わが民法の法体系の基礎をなすとされている。

 

(2) 意思主義理論

 

 意思理論が確立されていくにつれ、自由や自治の概念は、共同体からの自由という問題から、当事者個人の純粋に内心の心理過程の問題へと焦点が移されていった。
 すなわち、意思表示は、心理学の影響を強く受けた19世紀のドイツ法学により、その心理的経過に則して、①個人が一定の効果を欲する意思(内心的効果意思)を決定し、②この意思を発表しようとする意思(表示意思)を有し、③その意思の発表としての価値ある行為(表示行為)をするという3個の要素からなると分析された。動機は内心的効果意思の縁由にすぎないことから、意思表示の構成要素から外された。そして、この分析枠組に基づいて、意思表示の本体を内心の意思におき、意思と表示との不一致は原則として無効とするという意思主義理論(意思主義)が生まれた。

 

(3) 表示主義理論

 

 内心的効果意思と表示とが食い違った場合の法律行為の有効性をめぐって意思主義理論と対立するのが表示主義理論(表示主義)である。表示主義理論は、取引安全の保護を前面に押し出し、意思表示の本体を表示におく。この立場は、効果意思は表示行為によって外部から推断される意思であるとし、これと表示があれば、法律行為は原則として有効であるとする。

 

(4) 「詐欺による意思表示」と「法律行為の要素に錯誤のある意思表示」との、①取消と無効という効果の違い、②相手方の認識の要否の違い、③第三者保護規定の有無の違いの根拠について

 

①無効と取消という効果の違いについて

 

 わが民法は錯誤を「意思の欠缺」に位置づけている(101条1項)。錯誤による意思表示を意思欠缺の問題として扱うことは、ローマ法の「錯誤者には意思がない」という法格言に胚胎し、ドイツ普通法学において、意思主義理論の基礎の上に確立された。ドイツ普通法学では、意思表示成立の過程について内心の意思に重点をおき、内心的効果意思から出発して、それがそのまま外部に表示されているかどうかだけを問題とした。したがって、内心の効果意思と異なる表示がなされた場合にのみ、意思表示の本質的要件を欠く結果として当然に無効となる。
 これに対し、詐欺・強迫による意思表示(瑕疵ある意思表示)にあっては、意恩と表示との不一致と異なり、内心の意思と表示との間に何らの齟齬も存在せず、ただその効果意思を形成する過程(動機の段階)に、他人の不当な干渉が加わるという欠陥(瑕疵)があったにすぎない。したがって、意思主義理論によれば、無効とはならない。しかし、こうした意思表示を絶対に有効とするときは、表意者に損害を生ずるにいたるので、民法はこれを取り消すことができるものとして、その効力を制限した。
 以上のように、取消と無効という効果の違いは、内心的効果意思を意思表示の出発点とし、意思の欠缺と意思表示の瑕疵を区別する意思主義理論という考え方に基づくと解することができる。

 

②第三者の詐欺では相手方の悪意が取消しの要件とされている(96条2項)のに対し、錯誤無効の場合には同様の規定がない点についてこの差異も、意思主義理論に基づくと解することができる。

 

 意思主義理論によると、内心的効果意思が欠けていれば、意思表示の本質的要件を欠く結果として当然に無効である以上、第三者が詐欺等により表意者を錯誤に陥れたことについて相手方が善意でも、法律行為を有効とする余地はない、というのがその理論的帰結と考えられる。錯誤を「意思の欠缺」に位置づけた民法が、錯誤無効の場合に96条2項のような規定を設けなかった理由はこの点に求めることができる。

 これに対し、詐欺のように意思表示に瑕疵があるにとどまる場合には、内心的効果意思と表示とが一致し、意思表示の本質的要件が満たされている。したがって、意思主義理論によれば、法律行為は当然には無効とならず、その効果は取消にとどめられるとともに、取消そのものを制限しても、意思主義理論に抵触しない。この点、第三者の行った詐欺について被詐欺者に無条件に取消を認めるのは相手方に酷である。そこで、96条2項は、被詐欺者の利益と相手方の利益とを調整するために、相手方が詐欺の事実を知って意思表示をした場合に限って取り消すことを認めた。

 

③詐欺取消は善意の第三者に対抗することができない(96条3項)のに対し、錯誤無効の場合には同様の規定がない点についてこの差異も、意思主義理論に基づくと解することができる。

 

 意思主義理論によると、内心的効果意思が欠けていれば、意思表示の本質的要件を欠く結果として当然に無効である。したがって、法律行為に要素の錯誤があることを知らず、錯誤による法律行為に基づいて取得された権利について、新たな権利関係に入った者(第三者)に対しても、錯誤無効を対抗することができる、というのがその論理的帰結と考えられる。錯誤を「意思の欠缺」に位置づけた民法が、錯誤無効の場合に96条3項のような規定を設けなかった理由はこの点に求めることができる。

 これに対し、詐欺のように意思表示に瑕疵があるにとどまる場合には、意思表示の本質的要件が満たされている。したがって、意思主義理論によれば、法律行為は当然には無効とならず、その効果は取消にとどめられるとともに、取消の効果を制限しても意思主義理論に抵触しない。この点、その遡及的無効(121条)という効果を第三者にも及ぼすと取引の安全を害することが甚だしい。そこで、96条3項は、権利外観法理に基づき、詐欺の事実を知らないで、詐欺による法律行為に基づいて取得された権利について、新たな権利関係に入った者(第三者)に対しては、詐欺取消の効果を対抗(主張)しえないものとして、遡及効を制限した。

 

3 民法94条の意義

 

 虚偽表示とは、相手方と通謀して内心の意思と合致しない効果意思を表示すること、言い換えれば法律行為の外観を作り出す表示をすることをいう。表示された意思と内心の意思との意識的不一致である点において心裡留保と同じであるが、その意識的不一致が虚偽表示では表意者と相手方とに共通に見出されるのに対して、心裡留保では表意者にだけ見出される、という点で両者は区別される。
 要件をまとめると、①有効な意思表示があるかのような外観を当事者が作り出したこと、②意思表示の外観から推断されるような内心的効果意思が当事者間に存在しないこと、③表意者が自分でそのことを知っていること、④真意と異なる表示をすることについて相手方と通謀すること、である。
 その効果は、虚偽表示の当事者間においては当然に無効となる。しかし、第三者に対する関係では、虚偽表示は無為であるが、その無効を善意の第三者には主張できない(94条2項)。ここにいう第三者とは、「虚偽表示の当事者およびその承継人(相続人など)以外の者で、虚偽表示の外形について新しく利害関係をもつようになった者をいう(判例)。不動産の仮装譲受人からさらに譲り受けた者やその不動産に抵当権を取得した者がその例である。また、善意とは、外観的行為が虚偽表示であることを知らないことをいう。

 

大判大正5年11月17日(原審破棄・控訴院移送)

 

 上告論旨第一点ハ原判決ハ「次ニ被控訴人等カ買得ノ年月ニ付キ按スルニ被控訴人安井忠次ノ買受ケタルハ明治四十三年五月三十一日ニシテ控訴人及ヒ森吉間ノ売買ヲ無効ナリトシ其登記ヲ抹消シタル同年四月二十七日以後ニ係ルヲ以テ忠次ノ買得ト控訴人及ヒ森吉間ノ虚偽ノ意思表示トノ間ニハ何等ノ連鎖ヲ有スヘキ筋ナク従テ仮令忠次ヲ以テ善意ノ買得者ナリトスルモ控訴人ハ忠次ニ対シ民法第九十四条第二項ノ支配ヲ受クヘキ地位ニ立ツモノニ非ス其後忠次ヨリ買得シ又其買得者ヨリ転得シタル忠次以外ノ被控訴人カ善意ノ買得者ナリトノ理由ヲ以テ完全ナル所有者タル控訴人ニ対スルヲ得サルハ論ヲ竢タサル所ナリ」ト説明セリ右判文中連鎖云云ノ意義稍不明ナルモ之ヲ其文理ノ如ク解釈センニ上告人安井忠次ハ本件ノ土地ヲ転輾買得シタルモノナル以上ハ同人ノ買得ト被上告人池田森吉間ノ虚偽売買トノ間ニハ連鎖アルコトハ多言ヲ要セサル所ニシテ其連鎖関係ハ虚偽売買ノ登記ノ有無又ハ其抹消ノ如何ノ為ニ何等ノ影響ヲモ生スヘキ筋合ナシ何トナレハ元来不動産登記ハ物権ノ真実ナル得喪変更アリタル場合ニ於テ之ヲ以テ第三者ニ対抗スヘキ要件タルニ止リ物権ノ得喪変更ノ発効要件ニ非サルヲ以テ民法第九十四条第二項ノ適用アルニハ民法第百七十七条第百七十八条ノ対抗条件ノ有無ヲ顧ミサルモノナルノミナラス(中島博士民法釈義巻ノ一第四九二頁参照)本件ニ於テハ被上告人ト池田森吉間ノ売買ハ虚偽ニシテ最初ヨリ無効ノモノナレハ其登記モ亦何等法律上ノ効力ヲ有スルモノニ非ス従テ如此無効ナル売買ノ登記ノ存否ハ民法第九十四条第二項ハ勿論第三者トノ関係上何等ノ影響ナキモノナレハナリ然ラハ則チ被上告人ノ池田森吉間ノ虚偽売買ノ登記カ該不動産ヲ上告人安井忠次ニ於テ買得スル以前ニ於テ既ニ抹消セラレ居タリトスルモ之カ為ニ虚偽売買ノ成立シタル事実ハ到底之ヲ抹消シ得ヘキモノニ非ス而シテ該不動産ハ右ノ虚偽登記ノ抹消以前ニ於テ既ニ前払藤一ニ転売セラレ(此売買モ亦虚偽ナリトスルモ)更ニ其後上告人等カ転得シタルモノナル以上ハ被上告人ト池田森吉間ノ虚偽売買ト上告人等ノ買得間ニハ脈絡関係アルハ洵ニ明瞭ナリ然ルニ原判決カ被上告人ト池田森吉間ノ虚偽売買ノ登記カ抹消セラレタル一事ニ依リ該売買ト前払藤一安井忠次間ノ売買トノ間ニ於ケル連鎖ナキニ至レルモノノ如ク説明セルハ理由不備ノ不法アルヲ免レス加之民法第九十四条第二項ノ所謂善意ノ第三者トハ其法律行為ノ当事者及ヒ其一般承継人以外ノ者ニシテ其法律行為ハ虚偽無効ナリトノ確定的信念ヲ有セスシテ之ニ付テ法律上ノ利害関係ヲ成立セシメタル者ヲ総称シ其第三取得者タルト否トハ問ウ所ニ非サルヲ以テ右ノ虚偽売買ノ買主タル池田森吉ト訴外前仏藤一間ノ売買モ亦虚偽ノ意思表示ナリト仮定スルモ更ニ前仏藤一ヨリ其土地ヲ買得シタル上告人安井忠次及更ニ同人ヨリ転輾買得シタル他ノ上告人等カ善意ナリトセハ善意ノ第三者トシテ民法第九十四条第二項ノ保護ヲ受クヘク則チ被上告人ハ自己ト池田森吉間ノ売買ノ虚偽ナルコトヲ主張シ自己ノ所有権ヲ以テ上告人等ニ対抗スルコトヲ許サレサルコトハ論ヲ竢タス元来民法第九十四条第二項ノ規定ハ善意ノ第三者ヲ保護シテ不測ノ損害ヲ免レシメントシタルモノニシテ善意ノ第三者ニ対シテハ虚偽ノ意思表示ノ無効ヲ以テ対抗スルヲ得サルモノナレハ其結果善意ノ第三者ハ其虚偽ノ意思表示ノ有効ナルコトヲ主張シ得ヘキハ勿論ニシテ即チ本件ニ於テハ上告人ハ被上告人ト池田森吉間ノ売買ノ有効ナルコトヲ主張シ得ヘキハ多言ヲ要セサルニモ拘ハラス原判決カ上告人等カ善意ナリトスルモ其転得以前ニ於テ上告人ト池田森吉間ノ虚偽売買ノ登記カ抹消セラレタル以上ハ被上告人ハ完全ナル所有者ナリト為シ被上告人ハ民法第九十四条第二項ノ支配ヲ受クヘキ地位ニ立ツモノニアラスト説明シタルハ法則ヲ適用セス且ツ理由不備ノ不法ヲ免レサルモノトスト云ウニ在リ
 按スルニ原裁判所カ判示不動産ニ付キ被上告人ト訴外池田森吉トノ間ニ為サレタル法律行為ヲ虚偽ノ意思表示ナリト認定シ又判示不動産ニ付キ右森吉ト訴外前仏藤一トノ間ニ為サレタル法律行為ヲ虚偽ノ意思表示ナリト認定シタル後「被控訴人安井忠次(上告人)ノ買受ケタルハ明治四十三年五月三十一日ニシテ控訴人(被上告人)及ヒ森吉間ノ売買ヲ無効ナリトシ其登記ヲ抹消シタル同年四月二十七日以後ニ係ルヲ以テ忠次ノ買得ト控訴人及ヒ森吉間ノ虚偽ノ意思表示トノ間ニハ何等ノ連鎖ヲ有スヘキ筋ナク従テ仮令忠次ヲ以テ善意ノ買得者ナリトスルモ控訴人ハ忠次ニ対シ民法第九十四条第二項ノ支配ヲ受クヘキ地位ニ立ツモノニアラス其後忠次ヨリ買得シ又買得者ヨリ転得シタル忠次以外ノ被控訴人(上告人)カ善意ノ買得者ナリトノ理由ヲ以テ完全ナル所有者タル控訴人ニ対スルヲ得サルハ論ヲ竢タサル所ナリ」ト判示シタリ果シテ然ラハ民法第九十四条第二項ニ所謂第三者ハ虚偽ノ意思表示ノ当事者又ハ其一般承継人ニ非スシテ其表示ノ目的ニ付キ法律上利害関係ヲ有スルニ至リタル者ニ他ナラサルヲ以テ上告人等ハ民法第九十四条第二項ニ所謂第三者ニ該当スルコト明白ナリ又同条同項ニ所謂善意ノ第三者ハ虚偽ノ意思表示ノ目的ニ付キ其表示ノ虚偽ナルコトヲ知ラスシテ法律上利害関係ヲ有スルニ至リタル第三者ニ他ナラサルヲ以テ上告人等カ判示ノ不動産ニ付キ権利ヲ取得スルノ行為ヲ為シタル当時前示意思表示ノ虚偽ナルコトヲ知ラサルトキハ其当時既ニ右虚偽ノ意思表示ニ関スル登記ノ抹消アリタル場合ニ於テモ民法第九十四条第二項ニ所謂善意ノ第三者トシテ保護ヲ受クルノ筋合ナルコト固ヨリ当然ナリ然ルニ原裁判所ハ上告人カ同条同項ニ所謂善意ノ第三者ナルヤ否ヤヲ審究スルコトナク漫然前顕ノ如ク判示シタルハ違法ナリト云ウヘシ故ニ本上告論旨ハ理由アリテ原判決ハ破毀ヲ免レス既ニ此点ニ於テ原判決ヲ破毀スルニ足ル以上ハ他ノ論旨ニ対シ説明ヲ為スノ必要ヲ見ス仍テ民事訴訟法第四百四十七条第一項及ヒ同第四百四十八条第一項ニ則リ主文ノ如ク評決シタリ


4 94条2項の「第三者」の保護要件

 

(1) まず、第三者が保護されるための主観的要件として、善意で足りるか、無過失まで要求するかという点について争いがある。

 

通説・判例(大判昭12年8月10日)

 

《結論》

 善意で足りる。
《根拠》
 ①94条2項には「善意の第三者に対抗することを得ず」とある。文言上、無過失まで要求していない。
 ②虚偽表示の場合は、自ら虚偽の外形を作っており、本人の帰責事由が重い。均衡上、第三者の保護事由は軽くてよい。よって善意で足りる。

 

幾代、四宮説

 

《結論》

 善意・無過失まで必要。
《根拠》
 ①94条2項は110条、192条などと並んで外観法理の規定である。そして、外観法理は、虚偽の外観に対する第三者の信頼を保護する。第三者が虚偽の外観を信頼したことに正当の理由のある場合にのみ保護すれば足りる。
 ②外観法理は、本人と第三者のどちらを保護するかという利益衡量の問題である。
 ③善意のほかに無過失まで要求すれば、種々の事情を考慮に入れて、きめ細かく弾力的に判断できる。
 ④外観法理を表す、110条、192条などは、善意・無過失まで必要としている。これらとの均衡。

 

大判昭12年8月10日(上告棄却)

 

 民法第九十四条第二項ニ所謂善意ノ第三者トハ当事者ノ意思表示カ相通シテ為シタル虚偽表示ナルコトヲ知ラスシテ之ニ付テ法律上ノ利害関係ヲ成立セシメタル第三者ヲ指称スルモノニシテ其ノ虚偽表示ナルコトヲ知ラサルニ付過失アリタルコトハ之ヲ必要トスルモノニ非ス今本件ニ付之ヲ観ルニ原審ハ上告人及訴外後藤仙次郎間ノ本件売買契約上ノ権利義務譲渡行為カ虚偽仮装ノ意思表示ニ属スルコトヲ右売買契約上ノ権利義務譲受人タル同訴外人ト該契約ノ合意解除ヲ為シタル第三者タル被上告人カ知ラサリシモノナルコトヲ認定シタルモノナルカ故ニ原審カ更ニ進ンテ該不知ハ被上告人ノ過失ニ因ルモノナリヤ否ニ付審判セサリシハ固ヨリ其ノ所ニシテ原判決ニハ所論ノ如キ判断遺脱理由不備ノ違法ナシ

 

(2) 94条2項の「第三者」として保護を受けるのに対抗要件が必要か。

 

不要説(最判昭44年5月27日)


《結論》
 不要である。
《根拠》
 ①本人は自ら虚偽の外形を作った。本人より第三者あるいは転得者の方が保護に値する。したがって、登記がなくとも保護するべきである。
 ②94条2項は文言上登記を要求していない。
 ③第三者は、通謀虚偽表示当事者と対抗関係に立たない。


必要説


《結論》
 必要である。この見解には、対抗要件として処理する見解と、保護要件としての登記を要求する見解に分かれる。
《根拠》
 ①虚偽表示当事者間においても、権利を真の権利者に復帰させるという一種の物権変動があり、仮想譲受人を中心として二重譲渡があったのと同じであり、対抗問題となる(川井 対抗要件と捉える見解)。
 ②94条2項は、不動産登記に対し部分的に公信力を認めた規定であって、動産の公信力の規定である192条に準じて、第三者は登記を備えることが必要である(柳澤 保護要件と捉える見解)。
 ③第三者が保護されるということは、反面、真の権利者の権利を奪うことになるのであり、登記を備えるほどの利害関係に入った者にしてはじめて真の権利者を犠牲にしても保護される価値があるといえ、したがって、保護要件として登記が必要である。


最判昭和44年5月27日(上告棄却)


 上告代理人野田孝明、同山本進一、同山崎賢一の上告理由第一点、および同斉藤孝知の上告理由第二、三点について。
 亡岡本友太郎が亡向ケサの承諾を得て、本件係争物件を右ケサ名義をもつて競落した旨、および被上告人山泉真也が同女の相続人鶴治からこれを善意で買い受けた旨の原審の認定判断は、原判決(引用の第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らして肯認することができ、原審の確定した右事実関係に対し通謀虚偽表示に関する民法九四条二項の規定を類推適用すべきものとした原審の判断は、正当である(その引用する当裁判所の判例参照)。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、原審の専権に属する証拠の評価ないしは事実の認定を非難するか、原審の認定にそわない事実を前提とする独自の見解であつて、採用できない。
 上告代理人野田孝明、同山本進一、同山崎賢一の上告理由第二点第一について。
 所論通謀虚偽表示の撤回に関する主張は、上告人が原審において主張しなかつた事柄であるから、原審がその点について判断しなかつたのは相当である。のみならず、仮りに、ケサと友太郎の間において所論のような通謀虚偽表示の撤回があつたとしても、虚偽表示の外形をとり除かない限り、右虚偽表示の外形を信じその撤回を知らずに取引した善意の第三者にはこれをもつて対抗しえないと解すべきであるから、この点に関する所論は採用できない。所論の事実関係が長期にわたつて継続していたとの事実も、右判断を左右するものではない。なお、原審は、被上告人山泉真也の代理人重利は、その所有名義人が向ケサであること、およびその所有者は当時右ケサの相続人である鶴治であることを確認したうえ、本件係争物件を買受けた旨を判示したに止まり、右物件が当時鶴治の所有であつた旨を判示したものではないから、その判断に所論の理由齟齬の違法はない。したがつて、原判決には所論の違法はなく、所論は独自の見解であつて、採用できない。
 同第二ついて。
 所論は、要するに、被上告人(参加人)は、本件係争不動産について所有権取得登記を有しないから、第三者たる上告人に対抗できない、すなわち、本件の場合、上告人は登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたるというにある。
 しかしながら、民法九四条が、その一項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら、その二項において右無効をもつて善意の第三者に対抗することができない旨規定しているゆえんは、外形を信頼した者の権利を保護し、もつて、取引の安全をはかることにあるから、この目的のためにかような外形を作り出した仮装行為者自身が、一般の取引における当事者に比して不利益を被ることのあるのは、当然の結果といわなければならない。したがつて、いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かような外形を除去しない間に、善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。この理は、本件の如く、民法九四条二項を類推適用すべき場合においても同様であつて、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人らは、被上告人山泉真也が本件不動産について所有権取得登記を経由していないことを理由として、同人らのこれに対する所有権の取得を否定することはできないものというべきである。したがつて、これと同旨の原判決は正当であつて、論旨は採用できない。
 上告代理人斉藤孝知の上告理由第一点について。
 事件の差戻を受けた第一審裁判所がこれを差し戻した控訴裁判所の判断に拘束されるのは、右控訴審判決の理由中に示された一審判決の破棄理由に止まり、それ以外の点については何らの拘束を受けるものではないから、差戻後の第一審裁判所が差戻前の第一審判決と異なる認定または判断をなしうることは当然である。その理は、控訴審判決が差戻前の第一審の訴訟手続に関する法令違背のみを理由として事件を第一審裁判所に差し戻した場合も同様である。所論は、独自の見解で採用できない。
 同第四点について。
 記録に顕れた原審の審理の経過に照らせば、原審が口頭弁論を再開しなかつたのは相当であつて、論旨は採用できない。

 

5 転得者の保護要件

 

 不動産がA→B→C→Dと転々譲渡された場合を想定する。CDともに善意の場合は、Dが所有権を取得する。CDともに悪意なら、Dは所有権を取得しない。これらは問題がない。問題は、(1)C悪意・D善意の場合、(2)C善意・D悪意の場合である。


(1) C悪意・D善意の場合

 

判例最判昭45.7.24)


《結論》
 「第三者」とは不実の外見を信頼して取引関係に入った者であり、転得者も含まれる。Eは、94条2項の「第三者」にあたり、所有権を取得できる。
《根拠》
 ①転得者Eも間接的に外観を信じて取引した。直後の第三者と差はない。
 ②Cに所有権がないためにDの抵当権が無効であるときは、原則として、競落人に所有権は移転しない。しかし、競落人は純粋な転得者ではないが、転得者に準ずる立場にある。外観法理で保護するのが適当である。

 

(2) C善意・D悪意の場合

 

相対的構成


《結論》
 少数説である相対的構成の立場に立てば、Eは所有権を取得しない。
《根拠》
 ①悪意者がわら人形を介在させることによって保護を受けることを防止する必要がある。
 ②虚偽表示がなされたことを知っていた転得者まで保護することは、具体的衡平に合致しない。


絶対的構成


《結論》
 多数説である絶対的構成に立てば、Eは所有権を取得する。
《根拠》
 ①転得者は善意の第三者の地位を承継取得している。
 ②第三者善意、転得者悪意の場合も、本人が転得者から目的物を取り戻せるとすれば転得者は第三者に対し追奪担保責任を追及する。これでは善意の第三者を保護した実質を失う。
 ③相対的構成では、目的物につき賃借権や抵当権の設定がなされた場合、関係者の法律関係が複雑になる。


6 94条2項により保護される第三者と真の権利者からの譲受人の関係

 

 不動産がA→B→D、A→Cに譲渡された場合を想定する(AB間が虚偽表示)。
対抗関係説(判例・通説)


《結論》
 真の権利者Aを基点とした二重譲渡と構成して、対抗関係の規律で解決する。すなわち、民法177条、178条を適用し対抗要件の先後によって優劣を決する。
《根拠》
 ①Dは94条2項の「善意の第三者」であるから、AのみならずCもAB間の譲渡の無効によるDの無権利を主張することができないことになり、A→DとA→Cという二重譲渡があったのと同じ関係になる。
 ②Dは、本来、登記なくして対抗できるはずであるが、Bから譲り受けたにもかかわらず、登記を経由していないということは、Cのような第三者の出現との関係では、対抗要件主義的非難(対抗要件を備えうる立場にありながらそれをしなかった以上、不利益を受けてもしかたがないという責任)を受けなければならない。したがって、DとCとの関係は対抗問題として処理するのが妥当である。


善意の第三者優先説


《結論》
 Cに対する関係ではA→B→Dの譲渡が有効とされ、Bに登記がある以上、CはBに優先され、その結果、Bの承継者たるDは、Cに対し、登記なくして所有権取得を対抗しうる。
《根拠》
 ①このように解する方が、94条2項の趣旨により資する。
 ②登記のないAから譲り受けたCは同項の趣旨を無視してまで保護するに値しない。

 

最判昭和42年10月31日(原審破棄差戻し)


 上告代理人三宅厚三の上告理由について。
 不動産の譲渡人がいまだその取得登記をしない間に、その不動産について譲渡人を債務者として処分禁止の仮処分登記が経由された場合には、譲受人がその後に所有権取得登記をしても、譲受人は所有権取得そのものを仮処分債権者に主張することができないものと解すべきである(昭和二六年(オ)第一三七号同三〇年一〇月二五日最高裁判所第三小法廷判決・民集九巻一一号一六七八頁、昭和二八年(オ)第一三四〇号同三〇年一二月二六日同第二小法廷判決・民集九巻一四号二一一四頁)。したがつて、被上告会社の所有権取得登記以前に上告人から処分禁止の仮処分登記があつた事実は、なんら被上告会社の所有権取得の妨げとならない旨の原判決の法律解釈は誤というべく、この点において原判決は破棄を免れない。なお、原判決は、右の仮処分登記もその後取り消されていることが記録上明らかであると付言している。その後仮処分が取り消されたならば、被上告会社は、その所有権取得を上告人に対抗できるわけであるから、右原判決の誤は結論に影響を及ぼさないこととなる。しかし、本件記録によれば、右仮処分の取消判決があつたことは認められるが、該判決が確定したことの証拠は見当らないこと、上告論旨指摘のとおりである。この点を更に審理させるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。


7 94条2項類推適用

 

 わが民法は登記を対抗要件とするにすぎず(177条)、登記に公信力は認められない。しかし、不実な登記の作出について真の権利者が関与している場合にまでこれを貫くと、不動産取引の安全を害する。そこで、不実登記を信頼した第三者を保護する必要がある。
 では、通謀虚偽表示がない場合などに、94条2項を類推適用できるか。
 94条2項の趣旨は、虚偽の外彩を信じて取引関係に入った第三者を保護することにある。94条2項は110条、192条などと同じく、外観法理の規定である。外観法理とは、①虚偽の外形、②本人の帰責事由、③第三者が外形を信じて取引関係に入ったという保護事由があれば、第三者を保護する法理である。本人の外形作出が「意思表示」であるか、相手方と「通謀」してなしたものかどうかは、重要でない。虚偽の外形、本人の帰責事由、第三者の保護事由があれば94条2項を類推適用できる。
 以下、判例を検討する。

 

(1) 能動的に関与したケース

 

最判昭和37年9月14日


要旨:「丙を代理人として、甲の先代から不動産を買い受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないにも拘らず、たまたま右の売買契約書に買主名義が丙となつていた関係上、丙をして甲に対する所有権移転登記手続請求の訴を提起させ、その勝訴の確定判決に基づいて甲より丙に所有権移転登記を受けさせた場合には、民法第九四条第二項の法意に照し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことをもつて善意の第三者に対抗しえない。」

 

最判昭和45年7月24日


要旨:「不動産の所有者甲が、乙にその所有権を移転する意思がないのに、乙名義を使用して他からの所有権移転登記を受けたときは、右登記について乙の承諾がない場合においても、民法九四条二項を類推適用して、甲は、乙が不動産の所有権を取得しなかつたことをもつて、善意の第三者に対抗することができないものと解すべきである。
民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽表示の当事者またはその一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至つた者をいい、甲乙間における虚偽表示の相手方乙との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた丙が悪意の場合でも、丙からの転得者丁が善意であるときは、丁は同条項にいう善意の第三者にあたる。」

 

最判昭和41年3月18日


要旨:「未登記の建物の所有者甲が、乙にその所有権を移転する意思がないのに、乙の承諾を得て、右建物について乙名義の所有権保存登記を経由したときは、民法第九四条第二項を類推適用して、甲は、乙が右建物の所有権を取得しなかつたことをもつて、善意の第三者に対抗することができないものと解すべきである。」

 

最判昭和44年5月27日


要旨:「甲が乙の承諾のもとに乙名義で不動産を競落し、丙が善意で乙からこれを譲り受けた場合においては、甲は、丙に対して、登記の欠缺を主張して右不動産の所有権の取得を否定することはできない。」


(2)  受動的に関与したにとどまるケース① 不実登記の作出を事前または事後に承諾していたケース

 

最判昭和29年8月20日


要旨:「①甲から不動産を買受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないに拘らず、甲から丙名義に所有権移転登記を受けることを承認したときは、民法第九四条第二項を類推し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解すべきである。
②乙が買受けた不動産につき単に名義上所有権取得の登記を受けたにすぎない丙が、右登記名義を他に移転してしまつた後においては、乙は右不動産が自己の所有であるというだけの理由で丙に対し所有権移転登記を求めることは許されない。」

 

最判昭和45年4月16日


要旨:「未登記建物の所有者が、その建物につき家屋台帳上他人の所有名義で登録されていることを知りながら、これを明示または黙示に承認した場合には、その所有者は、右台帳上の名義人から権利の設定を受けた善意の第三者に対し、民法九四条二項の類推適用により、右名義人がその所有権を有しなかつたことをもつて、対抗することができない。」

 

最判昭和48年6月28日


要旨:「未登記建物の所有者は、その建物が固定資産課税台帳上他人の所有名義で登録されていることを知りながら、これを明示または黙示に承認していた場合には、民法九四条二項の類推適用により、右名義人が所有権を有しないことを善意の第三者に対抗することができない。」

 

(3) 受動的に関与したケース② 合意の範囲を超える不実登記を作出したケース

 

最判昭和43年10月17日


要旨:「不動産について売買の予約がされていないのにかかわらず、相通じて、その予約を仮装して所有権移転請求権保全の仮登記手続をした場合において、外観上の仮登記権利者がほしいままに右仮登記に基づき、所有権移転の本登記手続をしたときは、外観上の仮登記義務者は、右本登記の無効をもつて善意無過失の第三者に対抗することができないと解すべきである。」

 

最判昭和45年6月2日


要旨:「甲が、融資を受けるため、乙と通謀して、甲所有の不動産について売買がされていないのにかかわらず、売買を仮装して甲から乙に所有権移転登記手続をした場合において、乙がさらに丙に対し右融資のあつせん方を依頼して右不動産の登記手続に必要な登記済証、委任状、印鑑証明書等を預け、丙がこれらの書類により乙から丙への所有権移転登記を経由したときは、甲は、丙の所有権取得の無効をもつて善意無過失の第三者に対抗できないと解すべきである。」

 

(4) 主体的関与が存在しなかったケース 不実登記が作出された事実に気付きながら放置したケース

 

最判昭和45年9月22日


要旨:「不動産の所有者甲が、その不知の間に甲から乙に対する不実の所有権移転登記の経由されたことを知りながら、経費の都合や、のちに乙と結婚して同居するようになつた関係から、抹消登記手続を四年余にわたつて見送り、その間に甲において他から金融を受けた際にもその債務を担保するため乙所有名義のまま右不動産に対する根抵当権設定登記が経由されたような事情がある場合には、民法九四条二項を類推適用し、甲は、不動産の所有権が乙に移転していないことをもつて、その後にこれを乙から買受けた善意の第三者丙に対抗することができないものと解すべきである。」

 
(5)  主体的関与が存在しなかったケース 不実登記が作出された事実をまったく知らなかったケース

 

阪高裁判決昭和42年1月23日


東京高裁判決昭和60年1月29日


両判決ともに、94条2項の類推適用を否定する。

 

最判平成18年2月23日(上告棄却)


1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 (1)上告人は、平成7年3月にその所有する土地を大分県土地開発公社の仲介により日本道路公団に売却した際、同公社の職員であるAと知り合った。
 (2)上告人は、平成8年1月11日ころ、Aの紹介により、Bから、第1審判決別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載2の建物(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)を代金7300万円で買い受け、同月25日、Bから上告人に対する所有権移転登記がされた。
 (3)上告人は、Aに対し、本件不動産を第三者に賃貸するよう取り計らってほしいと依頼し、平成8年2月、言われるままに、業者に本件不動産の管理を委託するための諸経費の名目で240万円をAに交付した。上告人は、Aの紹介により、同年7月以降、本件不動産を第三者に賃貸したが、その際の賃借人との交渉、賃貸借契約書の作成及び敷金等の授受は、すべてAを介して行われた。
 (4)上告人は、平成11年9月21日、Aから、上記240万円を返還する手続をするので本件不動産の登記済証を預からせてほしいと言われ、これをAに預けた。
 また、上告人は、以前に購入し上告人への所有権移転登記がされないままになっていた大分市大字松岡字尾崎西7371番4の土地(以下「7371番4の土地」という。)についても、Aに対し、所有権移転登記手続及び隣接地との合筆登記手続を依頼していたが、Aから、7371番4の土地の登記手続に必要であると言われ、平成11年11月30日及び平成12年1月28日の2回にわたり、上告人の印鑑登録証明書各2通(合計4通)をAに交付した。
 なお、上告人がAに本件不動産を代金4300万円で売り渡す旨の平成11年11月7日付け売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)が存在するが、これは、時期は明らかでないが、上告人が、その内容及び使途を確認することなく、本件不動産を売却する意思がないのにAから言われるままに署名押印して作成したものである。
 (5)上告人は、平成12年2月1日、Aから7371番4の土地の登記手続に必要であると言われて実印を渡し、Aがその場で所持していた本件不動産の登記申請書に押印するのを漫然と見ていた。Aは、上告人から預かっていた本件不動産の登記済証及び印鑑登録証明書並びに上記登記申請書を用いて、同日、本件不動産につき、上告人からAに対する同年1月31日売買を原因とする所有権移転登記手続をした(以下、この登記を「本件登記」という。)。
 (6)Aは、平成12年3月23日、被上告人との間で、本件不動産を代金3500万円で売り渡す旨の契約を締結し、これに基づき、同年4月5日、Aから被上告人に対する所有権移転登記がされた。被上告人は、本件登記等からAが本件不動産の所有者であると信じ、かつ、そのように信ずることについて過失がなかった。
2 本件は、上告人が、被上告人に対し、本件不動産の所有権に基づき、Aから被上告人に対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める事案であり、原審は、民法110条の類推適用により、被上告人が本件不動産の所有権を取得したと判断して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
3 前記確定事実によれば、上告人は、Aに対し、本件不動産の賃貸に係る事務及び7371番4の土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが、そのために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もないのにAに預けて数か月間にわたってこれを放置し、Aから7371番4の土地の登記手続に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通をAに交付し、本件不動産を売却する意思がないのにAの言うままに本件売買契約書に署名押印するなど、Aによって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかかわらず、これを顧みることなく、さらに、本件登記がされた平成12年2月1日には、Aの言うままに実印を渡し、Aが上告人の面前でこれを本件不動産の登記申請書に押捺したのに、その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫然とこれを見ていたというのである。そうすると、Aが本件不動産の登記済証、上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは、上記のような上告人の余りにも不注意な行為によるものであり、Aによって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての上告人の帰責性の程度は、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして、前記確定事実によれば、被上告人は、Aが所有者であるとの外観を信じ、また、そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから、民法94条2項、110条の類推適用により、上告人は、Aが本件不動産の所有権を取得していないことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において正当であり、論旨は理由がない。

 

以上。

 

 

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