田中嵩二の宅建士&賃貸管理士試験ブログ

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遺言書に印章ではなく花押を書いても有効?

押印せずに花押を書いた場合でも有効な遺言書になるの?

 

「桜散る春の末にはなりにけり雨間も知らぬながめせしまに」

 

中納言兼輔が詠んだ句ですね(新古今和歌集759番)。やむことも無く降り続く長雨。その雨を見るともなく眺めているうちに、桜の季節も終わってしまったというとても哀愁漂う内容です。晩年を迎えたとき人は何を想うのか。とても文章では現わせない想いなのでしょうが、法律は遺言という形式で一定の財産行為について晩年の想いを文章に現すことで、死後にも自らの意思に法的拘束力を持たせることができます。

相続という制度自体、世界的に共通のルールがあるわけでなく、国によって時代によって異なりますが、死後にも自分の影響力を残したいという発想を思うと、人間の強欲さに共感するとともに少し恐ろしさも感じますね。

 

さて、それはさておき、ここ数年で遺言に関する最高裁判例が連続しています。平成28年6月3日にも少し特殊な判例が出されています。

 

事実の概要

Aには子が3人いました。Y1、Y2、Xとします。 Aは、平成15年5月6日付けで遺言書を作成しました。この遺言書は、Aが、「家督及び財産はXを家 督相続人として〇〇家を継承させる。」という少し古めかしい?記載を含む全文と上記日付及び氏名を 自書し、その名下にいわゆる「花押」を書いたものであるが、印章による押印がありませんでした。(花押というのは、時代劇の武将などが他国に手紙を出す際に本物だと証するために最後に記すサインみたいなあれですね。)

Aは、平成15年7月12日に死亡しました。Aは、その死亡時に自分名義の土地を所有していました。

Xは、その土地について、主位的に本件遺言書による遺言によってAから遺贈を受けたと主張し、予備的にAとの間で死因贈与契約を締結したと主張して、Y1とY2に対し、所有権に基づき所有権移転登記手続を求めたという事案です。

ちなみに、主位的とか予備的という言葉は専門用語です。裁判の場面で、裁判所に判断を求める主張に優先順位をつけるときに使います。

 

争点

Aが書いた本件遺言書に、印章による押印がなく、花押を書いていたことから、花押を書くことが民法968条1項の押印の要件を満たすか否かが争われました。

 

参考 民法968条1項 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

 

福岡高等裁判所 那覇支部の判断(平成26年10月23日)

原審は以下のように判断し、本件遺言書による遺言を有効とし、同遺言により被上告人は本件土地の遺贈を受けたとして、Xの請求を認めました。


花押は、文書の作成の真正を担保する役割を担い、印章としての役割も認められており、花押を用いることによって遺言者の同一性及び真意の確保が妨げられるとはいえない。そのような花押の一般的な役割に、a家及びAによる花押の使用状況や本件遺言書におけるAの花押の形状等を合わせ考えると、Aによる花押をもって押印として足りると解したとしても、本件遺言書におけるAの真意の確保に欠ける
とはいえない。したがって、本件遺言書におけるAの花押は、民法968条1項の押印の要件を満たす。

 

最高裁判所の判断(平成28年6月3日)

最高裁判所は、原審の判断を認めず、Xの主位的な主張は破棄されるべきで、予備的な主張についてさらに審理を行うべきだとして、原審に差し戻しました。

花押を書くことは、印章による押印とは異なるから、民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。
そして、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書のほかに、押印をも要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照)、我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。
以上によれば、花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。

 

判例の動向

まず、遺言書に記す氏名について、「本条にいう氏名の自書とは遺言者が何人であるかにつき疑いのない程度の表示があれば足り、必ずしも氏名を併記する必要はない。」(大判大4・7・3民録21輯1176頁)とするものがあります。

次に、押印について、遺言者の署名が存するが押印を欠く英文の自筆遺言証書につき、遺言者が帰化した人であることなどの事情を考え、有効とした事例があります(最判昭49・12・24民集28巻10号2152頁)。また、「遺言書本文を入れた封筒の封じ目にされた押印をもって、本条一項の押印の要件に欠けるところはない。」(最判平6・6・24家裁月報47巻3号60頁)とするものや、「自筆遺言証書における押印は、指印をもって足りる。」(最判平1・2・16民集43巻2号45頁)とするものもあります。

 

私見

遺言書自体に押印がなくても、さらには氏名すらなくても有効とする判例の流れから、本事案で高等裁判所が花押による遺言も有効であると判断することにも一理あると思われます。特に、英文での遺言の上記判例では、帰化人であるという特殊事項を考慮して押印がなくても有効である旨の判断したわけであり、本事案の花押についても、地域性などの特殊性を考慮すれば有効と判断してもよかったのではないかとも言えます。

本人が自由な意思により書いたかどうかが自筆証書遺言の最も重要な関心事ならば、実印等による押印よりもよほど花押のほうが偽造されにくいのではないかと思ったりもします。

まあ兎に角、最高裁の判断なので、自筆証書遺言を書く際に花押を書くときは必ずその下に押印するようにしましょう。花押のような印鑑を作っておくというのも手かな・・・。

 

 

 

事件番号  平成27(受)118
事件名  遺言書真正確認等,求償金等請求事件
裁判年月日  平成28年6月3日
法廷名  最高裁判所第二小法廷
裁判種別  判決
結果  破棄差戻
判例集等巻・号・頁  民集 第70巻5号1263頁
原審裁判所名  福岡高等裁判所  那覇支部
原審事件番号  平成26(ネ)62
原審裁判年月日  平成26年10月23日
判示事項  いわゆる花押を書くことと民法968条1項の押印の要件
裁判要旨  いわゆる花押を書くことは,民法968条1項の押印の要件を満たさない。
参照法条  民法968条1項

 

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